2015年11月21日

20151121 セモ大次回作は着々と。

ほとんどの人が忘れ、メンバーでさえも忘れ去っているセモ大の次回作ですが、タイトル決めました。

「SEMODAI 2」と「SEMODAI 3」です。

タイトルは悩みに悩みました。気づけば座右の銘となった「UGLY BEAUTY」から「UGLY」「BEAUTY」にするか、これまた座右の銘といいますか思想の根底にある「EROS」と「THANATOS」にするかとか二枚組にするとか悩んだんですけど、やっぱり二枚出そうと思うわけです。現時点でモンク曲の方は15曲前後、即興の方は13曲前後を予定しているわけで、これを二枚組というパッケージングはどんだけ大盛りなんだよ・・・とジャイアント白田あたりからも苦情が来かねないなぁなんて思ったんでね。

ま、でもどっちが2で3かはまだ決めていません。この順番自体に特に意味はないと思っているし、もしかしたら編集ペースと予算の関係でタイミングをずらして発売するかもしれないという可能性もまだ捨てたわけではないですから。ただまぁ二枚購入者用にOMAKEアルバムも作ってるわけなんで、そんな間を空けてもダメだっていう自分が自分の敵であり仲間でもあるっていう状況に日々シビれております。

昨日は一晩中曲順に悩んだわけです。曲順決めちゃえばもっと編集が加速するかなとも思ったんですけど、なかなか難しいですね。前作は近藤さんに半ば無理やりに曲順をすぐ決めさせられてその後も変更する余地なしって感じで作業が進んだんで、今回みたいに全部自分でやってると時間が経つとまた別の刺激を受けて色々とアイデアが浮かんで変えようかとかなるわけですしね。

編集作業始めて半年近くが経ちそうなんですけど、テーマといいますかテイクやら音やらの判断基準が前作と同じく生と死、それと四季なんですね。もうこれは僕の性癖みたいなもんだと割り切りましたが、そうなっていくとやっぱりポップさとは無縁で聴き手の感情移入がどうとか明解な歌心とか一切削ぎ落とした冷徹な音楽の骨しかないっていうとこまでいっちゃうわけですよ。ミックスでどれだけ音を足してんだけど音楽的には骨だけになっていってるっていう感じですか。それこそmarrow of a bornを合言葉に作業しているわけであります。

ですから曲順にそこまで意味というものを見出さずに、聴きやすい流れと二枚は兄弟であるということも頭に入れて考えています。タイトルも未定の曲がまだ多くあり、それはこれからもインプットし続けていければ自ずと言葉が立ってくるかなと思って焦らずにいます。それは編集作業に関しても一緒で、根を詰め過ぎずにその時々に自然と手が伸びる曲をやるようにもしています。

曲順と価格設定が決まればそろそろジャケットに関しても動き始めようかなと思います。
posted by さだおか at 11:16| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月19日

20151119

天気が悪い。よって少し暗い。

昨日も夜に出歩こうとしたけれども雨だったのでのぞみ青果でリハ後にそのまま残って呑んでいた。計九時間近くいたことになるのか。どんだけ好きなんだよと脳内でツッコミつついいちこの水割りを呑んでいた。他にお客さんがいなかった時間帯にBGMを色々とリクエストして楽しかった。主にチャゲアスと佐野元春。その後揚水がかかったりと、あの店で音楽を勉強しているのは気分だけでなく、間違いないと思う。いつもありがとうございます。

財布の小銭入れのチャックが壊れてしまい、どうすっかなーと雑誌のおまけの小銭入れと併用して使ってるんだけれども、これまで長財布しか使ってなかったので小銭入れと二つ持ち歩くストレスったらハンパない。どういう理由があって小銭入れなんてあるんだ!?と一日一回は憤怒している。「小銭入れ 利点」と検索して出てきたサイトを見たら、スーツを着るようになってから小銭入れを持ったということが書かれていた。小銭の入った財布だとポッケに入れたときに膨らみすぎるとか格好が悪いからということだそうだ。そんな理由であれば僕には小銭入れなんか必要ない生活であることは間違いない。そしてこの二週間近くで育ったストレスから、今後も札入れと小銭入れは分けることないだろうと思う。

とはいえ新しい財布を求めて街に出る、なんてほどの勢いもない。Amazonやらで色々と探しているんだけれども、わざわざ財布なんかに数万円も出す気になんかならない。価値観として一万円の財布買うくらいなら二回五千円の財布買う方がいいし、五千円の財布買って残った五千円は貯金したいわけだ。しかし安いには安いなりに、高いのは高いなりの理由があり、今回の経験からやはり金具がしょぼいのかなぁとも思う。それでもだ。それでも五千円を二回買う方がましだ。二回目にはもっと裕福になってるかもしれないし、宝くじだって当たってるかもしれないから。

派手かつ可愛いのが欲しい。「財布 カエル」で検索したりもしたが、自分があんまりカエルに興味なかったのを思い出して変だった。そういえば好きな動物とか特にいないなぁ。実家の家業から豚には愛着はあるんだけど、豚柄の財布ってのもなぁ(笑)

色々見たんだけど、小銭入れだと可愛いデザインや色合いのがあるんだけど、長財布となると男性物ではあんまりない。といっても街に見に行ったわけではないので断定は出来ないな。街のそういう店舗の開く時間と閉まる時間が僕の生活リズムと全く合わないので行きにくいというのもあるが、例えば近所のミント神戸にもたくさんそういったものが売っている店舗も入っているのだろうが、そんな店舗に入って見てるのがどうも気恥ずかしくて行けないのだ。数年前にも正月バーゲンで賑わっていたブランド物の店に入ったが、すぐに気分が悪くなり出た。シャツが一万円なんて文化圏で生きていないのだ。それを当たり前のように買う人達の中にいるのが気持ち悪くってしょうがなかった。

財布。どこに売ってんでしょうか?のぞみ青果にゃないことは昨日分かった。




IMG_0001.jpg
posted by さだおか at 13:15| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月15日

20151115

皆様のおかげで私、11月13日に30歳になりました。晴れてイージューライダーの仲間入りでございます。

とは言いつつ、誕生日の前後は風邪による高熱でひたすら眠っておりました。寝すぎて体が痛いほどに眠り、わざと汗をかこうと布団も多め、ぶ厚めでお送りいたしました。現在も微熱が続いていますが、いつまでも臥せっていては気分が漱石の小説の主人公の何某になりかねん様相ですので、多少無理をしつつ日常生活に戻りました。無論病院で処方してもらった薬を片手にではありますが。

今年は正月にインフルエンザ、誕生日に風邪で臥せるという残念な一年だったという思い出が一杯のH2Oという感じではありますが、音楽面では確実に独自の音楽性と演奏表現が身に付いたと自負しております。ま、これもバランスなのかなと思ったりもしてますが、寺社で何かしらお参りする時には健康第一を願ってやまない僕には多少切ない一年ではありますが、まだあと一カ月半以上ある2015年をどうか健康体で乗り切れることを願って、イージューライダーの旅立ちの言葉とさせていただきます。

これからも宜しくお願い致します!!!
posted by さだおか at 10:20| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月10日

20151110 追加スケジュールと近々のライブ

11月のスケジュールに追加です!!!

今月あたまにやった野津2DAYS再び!

11月29日(水)天満 bamboo club
野津 昌太郎Guitar 當村邦明Sax
投げ銭+1000円(1drink&おつまみ付)
[開場/開演] 19:00/ 19:45頃 終演21時半
[会場]大阪市北区黒崎町12−17 (tel 06-6371-6403 )
11/1春日野道音フェスにも出演するトリオをバンブーでも。音楽バカ(賛辞)のお二人とスタンダードなどじっ くり演奏予定(野津のスケジュールより転載)。


11月30日(木)春日野道春日野道 ギャラリー神戸天昇堂
sketch 定岡弘将drums 野津昌太郎guitar
開場19時 開演19時半 終演予定時間21時前
\no charge pay what you can
飲食物の提供はございません。ご持参ください。差し入れはDAIKANGEI!




今月頭の二日間の演奏は自分にとって収穫が多く、まさに即興演奏、即興音楽家としての実感といいますか、確かに歩いて来たんだなという風に感じました。共演者が長年に渡り公私共に行き来のある仲間だったということも大きいと思いますが、ストレスフリーでしたね。音楽としてとても良かったと思います。それをまた今月中にやれるというのは嬉しくもありますが、同じくらい恐くもあります。マンネリズムといいますか、即興の泥沼は再演時に簡単に牙を剥きますからね。心して臨みたいと思います!

是非お越し下さい。


そして今日明日とセッションとライブが続きます。しかも明日はメロンオールスターズです!



10日(火)北野 BASIN STREET ヴォーカルジャムセッション
高橋俊男Piano 泉正浩Bass
開場19時 開演19時半
¥1,500
http://www.basin-st.com/


11日(水)中崎町 コモンカフェ
メロンオールスターズ「マー坊の青春ウラオモテ」
19:30開場 20:00開演
予約/前売2,000円 当日2,500円
大阪市北区中崎西1-1-6 吉村ビルB1F
[協力]中沢聡(音波舎) http://ompasha.blog.shinobi.jp/

メロン11月.jpg

森定道広(コントラバス)
行本清喜(トランペット)
市川聡(ギター)
殿村ゆたか(役者)
川本充(役者)
太郎(ダンス、唄)
諏訪いつみ(役者)
前田実(アルトサックス)
金魚(ダンス)
津上信子(フルート)
由中小唄(ボーカル)
有本羅人(トランペット)
定岡弘将(ドラムス)
豊田晃(ドラムス)
荻野やすよし(ギター)


メロンのライブはここ二、三年は夏の信楽公演しかありませんでしたから、まるで山から下りてきたかのような印象がメンバーの僕でさえありますが、本当に面白いし素晴らしいんです。それに僕が現存するドラマーで一番敬愛する豊田晃さんとのツインドラムというのも泣ける、いや濡れるわけですよ。個人的に。

是非お越し下さい!


posted by さだおか at 15:23| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月09日

20151109 

昨日の秋の神戸ジャズウォークへお越しいただいた皆様、マティーニの店主の飯塚さん、ありがとうございました。そしてお疲れ様でした。

ここ二年ほど毎回のように出させてもらっているイベントですが、今回のように歌ナシ!コード楽器もナシ!っていう編成では初めてでした。案の定、というか残念ながらお客さんが溢れ返ることはありませんでしたが、演奏はすこぶる良い内容を提供できたと自負しております。

腹を割って話しますが、いわゆるライブ以外のこういったイベントでの演奏に於いて、やり切ったと感じること、音楽家として立ち向かえたことという経験はかなり少ないんですよ。その時々に胸の内のモヤモヤやフラストレーションを頂くギャランティーでなんとか咀嚼するということを僕はしてしまうんですが、昨日の演奏に関しては自分が企画してやったライブと同じような気持ちが終演後もありました。無論、サウンドフェスタもそうであります。

とりあえず女性ボーカルが薄着で歌っとけばえぇんやろ、と極端な思想もないわけではないですが、結果的にはですが昨日のように一曲10分近い演奏をちゃんと集中して聴いてもらえる状況ってなると一人一人がゆったり過ごせるスペースを確保できた上でこそ聴けたのだろうと思いますので、集客という点では先に書いた状況での結果とは程遠いかもしれませんが、終演後の精神状態は比べるまでもありませんでした。

歌を悪いとか見下げているわけではありません。腹を割って一緒になって演奏してくれる歌に関してはそれこそ路上でやっても相応の額のチップを手にすることができるでしょうが、所謂歌姫的振る舞いでやってらっしゃる人に関しては自ら卑屈になってそうやってんのかしら?と思うような気もしなくはありません。

素直に、自然に、普通に音楽をしたい。そういう欲求しかありません。音楽家なんてドレミやリズム以外はアホですから、本当にそのシンプルな欲望だけがライブ前にコンビニのおにぎりだけ食ったり、終演後もスーパーで発泡酒買って飲みながら帰るようなしょぼい日々を乗り越えつつ、練習してもっと良い音楽をしたいって気持ちしかないわけですからね。

こういう機会を設け、自らと出演者の三人を信じた飯塚さんには本当に感謝であります。

音楽分かる分からない、良い悪い関係ないぜ!楽しもうとする姿勢だけ持ってりゃ乞食でも赤ん坊でも王様でも一緒。
posted by さだおか at 14:24| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月06日

20151106

4日のバンブークラブ、5日のsketch@天昇堂と、野津昌太郎と二日連続でライブしましたが、どちらも良い内容でしたね。コンビネーションとか息が合った、みたいな形容はもちろん不要な上で。

昨日のライブ後にちょっとのぞみ青果で呑んでから帰宅してツイッターにこんなこと書いてました。


今夜のsketch良かったっすわ。僕が勝手に良かったって上がってるだけなんですけどね。
1:34 - 2015年11月6日

でも、よかったっすわ。即興音楽の譜面が見えましたからね。
1:34 - 2015年11月6日

あらかじめ作曲された曲を即興で演奏する。当然その曲の存在なんか知らずに即興で演奏していて、でも否が応でも次に自分が出す音が先に体内で鳴ってて、あとはそれを演奏するだけっていう。今日それが僕の思う即興音楽かなって思いました。
1:36 - 2015年11月6日

即興音楽≠即興演奏です。僕は。
1:37 - 2015年11月6日



ま、間違いなくライブ後の興奮とそれを助長させるALCの影響もありますが、確か帰宅してまずシャワー浴びたんですけど、全然冷静さがなかったわけでもない、という状態で書いてたみたいですね。


どちらも集客力という観点では下の下の出来なんでしょうが、そういうことと演奏内容が比例も反比例もなく集中して出来たということは上の中だと思います。ホントはもっとたくさんの人と同じ空間で味わいたいんですけどね、そればっかりは誤解も含めて、早々に解消できる問題ではないと腹を括ってます。

とはいえ、数少ない観客の人たちが皆優しく。4日には野津のお母さんから誕生日プレゼントをいただき、5日は天昇堂のオーナーの井上さんの知り合いの方がおでんとおにぎりと玉子サンドを大量に抱えて来てもらって、他のお客さんと演奏前から盛り上がったってこともありました。

即興音楽の定義をずっと探してました。SEMODAIを出す前にじっくりと考えましたが、その時にも「即興音楽への道」というくらいのぼんやりしたことしか探し当てられませんでしたが、昨夜に少し自分の中で高みに高めてしまったその音楽への確かな手応えみたいなものがありました。

これも観客の方ありき、野津や當村という関係性の濃い音楽仲間がいてこそ感じ取れたものと思います。これからも音楽を続けていくためにも、そういった人たちに助けてもらいつつ、僕は音楽家である以上は音楽を奏でることでしかお返しが出来ないと思いますので、細々とではありますが活動していきたいと思います。

ありがとうございました。

野津のお母さん、ありがとうございます!
IMG_1690.JPG
IMG_1691.JPG

posted by さだおか at 20:17| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月02日

20151102 サウンドフェスタを経て。

昨日の春日野道ふれあいサウンドフェスタへお越しいただいた皆様、関係者の皆さま、各店主の皆さま、ありがとうございました。そしてお疲れ様でした。

回を重ねるごとに課題は明確に且つ数多に渡ると思いますが、何にせよキープオンこそ人生であり、また同じくサヨナラこそが人生でもあります。その絶妙な塩梅を実行委員の方々が咀嚼を重ねて果てしない今後があるように思います。

出来る限りの応援と賛助を春日野道という土地への愛情のみで今後もやっていきたいとは思います。が、結局は僕はのぞみ青果とマスターとそこから広まっていった交流にのみスジを通してるだけでもあります。

大切にしたい場所や人がいるなら自分だけのものにせず、好きな人と一緒に行ったり紹介したりとしていかなければいずれは簡単に姿を消してしまうものであります。宣伝や広告とたいそうなことは言いませんが、好きなものを好きな人と共有したり波及させていくことこそがその根源であり、本質だと思います。その呼び水に生演奏やちょっとしたイベントみたいなものがあるはずなのですが、今の巷にある活性化の名の元に繰り広げられる各イベントは呼び水こそが全てであり、その場所や人たちへの敬愛という点では「・・・」という状態のように傍から見てて思ってしまいます。

そんな綺麗事ばかりでは当然口に糊することもままならないことは明確でもありますが、そんな綺麗事を黙って一人の胸の内で守り戦い続けていくことも僕は大切なことだと思います。

春日野商店街の活性化、のぞみ青果の今後のさらなる盛況に繋がる活動をするのではなく、あくまでも末永く淡々と飄々とあの場所にあり続けるため、そして僕も通い続けられるような生活を営めるように今後も努力していきたいと思います。

posted by さだおか at 20:04| 兵庫 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月31日

20151031 明日は春日野道商店街へ。

IMG_1606.JPG

IMG_1604.JPG

IMG_1605.JPG

IMG_1603.JPG

明日の春日野道ふれあいサウンドフェスタのリハーサルをしてきました。

明日は13時半からのぞみ青果で、野津昌太郎Gt、當村邦明Ts、井上歩Baと僕です。15時頃までやる予定で、恒例ののぞみマスターがSaxで参加するのと、それ以外にも多数飛び入りの予定です。我もという方は是非お越し下さい。


そして、16時半より鷲コーヒーにてVocalの金丸由紀さんと野津當村と共に出演いたします。こちらはジャズスタンダードやらラテンの曲やらポップスやらを5,6曲ほどやりたいと思っています。こちらも是非お越し下さい。

サウンドフェスタでのライブは全て投げ銭制になっています。皆さんの応援で成り立っているといっても過言ではありません。無論、店舗においても500円メニューを設ける等工夫がされています。是非色んな会場を回って、飲んで食べて騒いで楽しんでください。

では明日お待ちしております。
posted by さだおか at 17:40| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月29日

20151029

先日東京に一泊旅行に出かけた。多くの観光客や外国人に混ざってカメラを手に動きまわってきた。撮った写真はまた後日公開するとして、その写真とはいかにもな東京らしさのないいつも通りの路地や空虚な空間を映したものばかりだった。

名所らしい場所にも足を運んだが、結局そういうところの一本裏の筋や、その土地の人が息づくような人気のないような道ばかりを歩いていたような気がする。根暗ゆえか、あまり人を画角に入れたくないからか。とはいえ、今回の旅行での撮影でいくつかの発見があった。

今までは実際の眼で切り取れる範囲を画角として写真に写そうとしていたが、どうもそれでは広すぎるような気がしてきたのだ。眼で見てるとはいえ、視界の端には当然意識もピンともなく、その眼がどこに集中して見ているかということをしっかりと分かった上でピント調整と画角を決めていくと、自ずと今までの写真よりも多少寄った写真を良しと思うようになっていたのだった。

あとそれと、森山大道ブームが今来てるということもあって、スナップ写真をちょっと研究してるんだけども、こうやって集中して結構な枚数を色々な場所で撮ってみて、さらに写真集を買って見てみて思うのは、スナップ写真ていうのは鏡のような存在であるということ。

写真家を写す鏡であると同時に、それを当の写真家以外の人の目に触れるということで、その見た人の鏡にもなるということ。無論その二枚の鏡(一枚の同じ写真への眼の数)に見えるものは別であり、同じ人でも日によって違うことは言うまでもない。ただの空の写真でも、写す人の想い、というと少し違うような気がするけど、その人のその時の気分が自ずと写るだろうし、見るだけの人も気分で見えるものが違うだろうと思う。光の反射である以上に違うのだと思う。無論、その一枚の前後の出来事も大きくかかわってくるわけだし。

で、結局僕の中で写真も音楽も鏡だと気づいたわけですよ。

誰が聞いても明確な音楽はやりたくないと思うし、第一出来ないと思っている。やっぱりその時々で聴こえ方の違う音楽をやりたいと思う一方、その抽象性というか曖昧性に適う空間を作られるかという問題をこの一年は考えていた。たとえば初対面の人間に対して自己紹介もなく、共通の文化風俗をを共有する気配もなく一方的に散文的な音、ときに音の断片しか投げかけないという少し暴力のような状況に簡単になってしまいがちな状況にもなるわけである。しかし、演奏は聴く人によって内容の良し悪しだけでなく、まずは聴く音の選択すらも可能であり、その音の配分とバランスを僕の我みたいなものじゃない何かの判断で音楽を演奏できればと願ってやまないでいる。

音楽に於ける最大にして最小の鏡は音色だと思う。まずはそこを大切に考えていきたいと思っている。

そんなことを写真を通して思想していた。


そして、10月25日ののぞみ青果でのライブにお越しいただいた皆様、本当にありがとうございました。あの日のあの演奏があっての翌日の東京で、結果上のようなことを考えるに至りました。どうぞこれからも応援宜しくお願い致します。
posted by さだおか at 12:47| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月25日

20151024 

普段は外食をしない僕が珍しく週に二回も外食をした。それもどちらも王将で、だ。「、だ」って言われても困るんですけどぅーって方は黙って画面端っこの×押してもらったほうがいいと思いますがー、続けます。

まず断言しとく。王将は難しい。というか、中華が一人飯には難しいのである。

中華の醍醐味はやはり回る机である。回る机の上には何枚もの皿が乗ってこそ回す喜びと回される意義とがイーコールー関係が成り立つわけであり、たとえそれが王将であれ、そのカウンター席であれ、おかず一品VS白飯という構図はかんなり寂しん坊であると僕は思う。

行き慣れた人であればメニューを右から順に頼んでいくとか、いつもの決まったものがあるとか、何とはなしに気兼ねなく肩に力が入るわけもなくうながされるままに席に着くなりメニューも確認程度にチラッと見ただけで、水を持ってきた店員のちょっとした間に「◯◯ください」と注文を放り込めるのかもしれないが、行くたんびに外食童貞と化してしまう僕は「あ、また呼びます」という言葉をこれまでもこれからも何度口に出せばいいのやらと、外食に対してどんどん気負いが激しくなり、ますます自宅にて糠味噌をかき混ぜる日々か続くのである。

で、だ。

王将御影店を皆さんはご存知であろうか。まんま読んで字のごとく、御影にある王将であるが、ここは日本でも美味いことで有名な王将であるということをご存知ですかな?疑うならほら、ネットで検索すればいいじゃない。

で、で、だ。

御影で友人が散髪屋で働いており、そこでスッキリした足でその王将に行くことが数ヶ月に一度の楽しみになっていて、今朝も予約の時間までじっくりじっくりと食べログかなんかで王将のメニューを見て悩み、散髪中も終始王将のメニューに関する思想とイデオロギーを友人と議論し、ようやく出した答えが「王将定食+餃子」or「餃子二人前+白飯」or「餃子+炒飯」という三択まで絞り込んだのだった。答えではないが、これも答えだ!

で、だ、だ。

いざ席に案内されると、いつもフロアーを担当している素敵なおっちゃんが洗い場を担当していて、そのすぐ前の席であり、その素敵なおっちゃんの熱い視線とテキトーに皿を洗う仕草に興奮混乱してしまい、当初の三択はぶっ飛んで、ランチセットという大盛り、というか悪盛りくらいの量のおかずがあるものを注文してしまったのだった。

ちなみに隣に座てっいた女性は酢豚定食を頼んでたみたいで、チラチラとそれを横目に見ながら「あー俺なんて王将来て酢豚注文する日なんて一生来ねーな。餃子食わねーなんて選択肢40歳くらいまで持てねーわ」と自らの選択を後悔する間もなく、自らの王将に対するいまだにある初心者感に後悔よりも恥ずかしい気分になって待っていたのだった。さらにちなみにその女性が帰った後にすぐ着いたおっさんは餃子三人前と常温の日本酒を頼んでいたが、それを聞いてまた俺は「餃子三人前て・・・せめて二人前と酒にしといて、その後の腹の空き具合見て追加するかしないかとかないんや。すげぇな」と打ちのめされたのであった。

王将御影店が美味いとはいえ、あくまでも王将の中で美味いということであり、中華として美味いかどうかは全く別の話である。が、それでもここにはわざわざ行ってもいいくらい美味いと思う。


で、だ。王将の難しさは上に書いた点ともう一点ある。

餃子を頼むタイミングである。

席について食べるもの全部を一緒に注文したのでは餃子が一番最後に来るというデータが出ている。なんせ注文を受けてから焼き始めるのだから、その他の炒飯やラーメンや一品料理と比べても時間がかかる。蒸して焼くからだ。だが、御影店の繁盛時間帯では常に餃子を焼き続けている状態なので、ここでは逆に早く来すぎるということもままあるので要注意をしつつ、注文をせねばなるまい。これは蛇足かもしれんが、御影店の餃子担当のおっさんはかのピアニスト服部洸太郎氏にそっくりであり、ただもう服部に似ているというだけで絶大な信頼を僕は抱いている。目が良いんだよ、目が。ピュアな目してんの二人とも。

別の王将(こちらは三宮東店)では、上に書いたことに細心の注意を払いつつ、まず瓶ビールと餃子を注文した。空きっ腹にビールで食うんだぞと喝を入れてる内に餃子が運ばれ、半分の三個を食べた時点で天津飯を注文。今思ってもベストなタイミングで注文したことに自分の即興音楽家としての萌芽を感じている。

あ、今思ったけど、そういったタイミングとかの問題を面倒に感じたときに人は王将で餃子を頼まなくなるという進化もしくは退化の道を選ぶんじゃなかろうか。少なくとも僕はそんな気がするぞ。

髪切ってくれてる最中もずっと王将。ずっとずっと王将の話しかしなくて悪いが、そういった会話が出来なくなって、年相応の当たり前の話をするようになったら彼とはもう会わないと宣言している。彼とは中高と一緒で、神戸に来てからもずっと付き合いのある本当に数少ない友人であるがゆえに、守りたいものは何をおいても守りたく、もし守れないようなら守れていたという記憶のまま彼を忘れたほうが良いなという選択をしてしまう俺は鈍なのか鋭なのか知らんが、人でなしではあると思う。




posted by さだおか at 03:42| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月18日

20151018

先日のラディカルな関係にお越しいただいた方々、ありがとうございました!

内容に関しましてはライブ直前までのこのブログで語りましたが、結局タイムマシーンは使わなかったんですよ。でもあの曲の質感や歌詞から来るイメージの共有は果たせたと思っています。

今回のライブの準備をするまで、僕は大好きな写真家の荒木経惟氏の諸作を見ることを自分に禁止していました。その理由はいろいろとありますが、主に精神的に受ける影響が強いために避けていたということになりますかな。

で、その荒木氏とその夫人である陽子さんとの愛と生活とタイムマシーンが自分の中で繋がったんです。そして気づけば荒木作品を見直し、今まで敢えて買わなかった「センチメンタルな旅・冬の旅」まで購入し、準備という準備に尽力したということは胸を張って言えると思います。

その準備に対する報いといいますか、結果、みたいなものはしっかりと感じ取れる夜でした。良い夜だったと思っています。

即興演奏のみで、時間も特に縛りを設けずに、1セットか2セットかもその時次第で決めていくというふうに荻野さんと打ち合わせたのですが、結果的には約1時間40分通しでやりました。やってる最中にも勝手に40分前後で時計を確認し、一旦ここで終わるか?とよぎりましたが、荻野さんの姿を見る限り、漲った集中力で手を止めていただけなので、その無音にも信頼すべき音を感じて次の僕が出すだろう音を待ちました。

ドラムもボイスも、一つ一つのくだり、一つ一つの展開をゆったりじっくりと出来たこと。そしてもう少しで演奏が盛り上がるだろうという寸前で頑なに止まれ続けれたこと、そしてそれ以上へは行かなかったことを全て冷静で明確な意識の元に精神と肉体をコントロールしていたことが僕の収穫でした。

でもそれは自分だけの力ではなく、共演者と場の磁力みたいなものが大きく作用していたことは書くまでもありませんが、時間の流れと音の流れとその前後の展開に於いて「進みながら止まっている」みたいな体感は初めてでした。今までは熱に身を任せたり、時に力技で持っていたことも多々ありましたし、どう頑張ってもどうにもならなかった時もありました、このライブで感じたようなことは初めてでした。

ボイスのテキストを読む際も、荻野さんの音との関係や、背景やBGMにならない間、意味は伝わらなくともその質感が伝わる言い回しと反復、それ以外にもあの時に自分の表現力の端と端まで出せたように思います。

今まで大切にしてきたことがちょっとですが表出するようになったのかもしれません。結実というやつでしょうか。

悔やまれるのが己の集客力のなさです。こればっかりはもうね、間違いないライブを何度も何度も繰り返していくということでしか僕には道は見いだせていません。これからも皆さんの応援と支えがあってこそライブが出来るものと思い、日々その全てを音楽へつぎ込もうと思います。



そして来週はのぞみ青果にてライブです。
IMG_0002.jpg
このライブは2ndセットは飛び入り自由という風にしています。セッション形式で楽器や譜面、舞台に立つ気持ちだけでも持って来てくれた人には入ってもらおうという時間をとっています。現時点でも数人が参加すると聞いていて、こら混沌を混沌とまぜるような時間になるなとワクワクしています。無論飛び入りなんかしないで、聴くだけの人もたくさんたくさん待ちしております。楽しい時間になること間違いありません!是非お越し下さい!
posted by さだおか at 11:37| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月15日

20151015 明日は天昇堂

明日は天昇堂でラディカルな関係です。っていきなり宣伝ですが(笑)

IMG.jpg
10月16日(金)
ラディカルな関係 
定岡弘将Drums、Voice 荻野やすよしGuitar
ギャラリー神戸天昇堂
開場19時 開演19時半
¥1800
飲食物の提供はありません。持ち込み可。差し入れは大歓迎。



今回のラディカルな関係は、僕はドラム:ボイスを4:6くらいの割合でやろうかなと思っています。

ドラムに関しても今まで以上に抽象的で音の断片みたいなものだけをやれればいいなぁと考えていて、リズミックナものやメロディックなものではない非常に曖昧な音楽だけでどれだけ見ている人たちと何かを共有できるかに焦点を当ててみたいと荻野さんと話をしました。とはいえ僕が考えているそのことがどれだけ荻野さんと共有できているかすら、そこは言語での到達点故に違っているかもしれませんが、一音でも鳴らし、一音でも聞き届けたならばカチッとルービックキューブの面が合うがごとく合うもんだと思っていますので不安はありません。

ボイスに関しましても、こちらは逆に抽象的な表現は極力控えて、事前に用意した詩や文章を使うことに集中してやりたいと思います。特に今回のテーマとして荻野さんに送り付けたcharaのタイムマシーンと、打ち合わせ時に気に入ってもらえた荒木惟経氏とその夫人である陽子さんを想って書いた「womb」という短い文章を即興演奏の灯台として使えればと思っています。

そのこともあり、ここ数日アラーキーの諸作を貪るように見ている(読んでいる)わけですが、いよいよ全集ではもの足らず、氏の最高傑作とされている「センチメンタルな旅・冬の旅」を何としてもライブまでの目にしたいという思いが溢れに溢れ、今朝書店に買いに走ったんです。やはり最高でしたね。以前人に贈ったことがある本なんですが、落ち着いて読んだのは初めてでした。無論全集の「陽子」ではそこで使われている写真も多々あるわけなんですが、やはり一冊に綴じられた物語として触れるのとはいろいろと違いますから、これはライブ前に手にして本当に良かったと思いましたね。

明日はそのアラーキーさんの本数冊も天昇堂に用意して皆さんの来場をお待ちしようと思います。

30歳を目前に、自分にとってはかけがえのない時間(ライブ)になる予感がしています。是非お越し下さい。

posted by さだおか at 20:31| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月24日

20150924 米山ツアーを終えて。

十日間の演奏を終えて、昨日までの疲れは今後も取れないかもしれないと思うほどに精神的にも肉体的にも辛かったというのが本音です。

音楽は楽しいといういうだけでは続けられない。でも楽しいという瞬間を一秒でも長く、しかもたくさんの人と一緒に過ごしたい(時系列は関係なく。未来も過去もひっくるめて。)と願わない者には音楽に携わる資格なんてない、というと大それた言い方かもしれませんが、今の僕はそう思っています。

このツアー中は色んな人と触れ合い、たくさんのことを語り合ったり、一方的に言ったり言われたりしました。その一人一人には感謝をしつつも、心の奥底では「こっちは腹が決まってんだから、いちいちうるせーよ」と思うこともありました。もちろん逆に感謝以外の感情は一切なくまた話したいという人の方が多かったとも書かなければ誤解を招くわけで(笑)

他人の人生や生き方に多少なりとも口出すということは、相手の一生をすべからく考え、生き死にまでもを視野に入れて意見すべきであって、そう簡単に口にすべきではないし、聴く耳も持たんでいいと思うんですよ。無論、経済的関係や互いの利(理)に適う相手であれば「またよろしく・・・」と続けたい意志を押し出せばいいだけだと思いますけどもね。


最終日には高校時代の先輩が来てくれて「高校から何も変わってない!やっぱ尖ってんなー。安心したわ」と言葉をかけてくれたり、その他にも何人かの知り合いが来てくれていて、少なくとも会場にいるその人たちは誤解なく受け取ってくれるだろうと
いうことと音楽への素直な信仰心だけを持って、一切の虚飾なく感情を剥き出しに2ステージを演奏しました。

人の眼の数だけ思想や意見はあるでしょうが、終演後の萬屋の蜂谷さんの言葉と眼差しと、この福居先生の言葉でまだ音楽をやっていけるんだと安心している次第です。まぁ何を言われたかはFB見るなり、直接聞くなりして各自自習!ということで(笑)


全十会場でお会いし、関係し、出会えた皆さまと、米山、権上両氏に心からの感謝をして今日もいいちこを呑んで寝ます。

本当にありがとうございました!

米山.jpg

posted by さだおか at 21:23| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月18日

20150918 ツアー五日目

ツアー五日目の今日は高知の木馬です。

昨日今日とうどん県こと香川県にてこれでもかと白い粉をこねて切って茹でたのを食いまわったりして、ホテルで落ち着く暇もないほどにハードスケジュールで過ごしてきました。


IMG_1269.JPG
IMG_1271.JPG
IMG_1260.JPG
IMG_1259.JPG
IMG_1266.JPG

倉敷アヴェニューではスコットの人柄に癒され、山田屋でツヤッツヤのうどんに咽び泣いた入りしております。


KOJI YONEYAMA TRIO JAPAN TOUR

9/18(金) 高知 木馬
 
9/19(土) 松山 モンク ゲスト:マリー大本(vo)
 
9/20(日) 広島 Jazz Club BIRD
 
9/21(月) 山口 Porsche
 
9/22(火) 東広島 Black and Tan ゲスト:なかにし隆(p)
 
9/23(水) ツアーファイナル
神戸 萬屋宗兵衛
 
米山紘史(gt) 権上康志(b) 定岡弘将(dr)
posted by さだおか at 16:47| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月16日

20150916

昨日はKOJI YONEYAMA TRIO JAPAN TOURで豊中チェクスクラブでした。初日に引き続きこの日も満員御礼の大盛況でした。


IMG_1251.JPG
IMG_1252.JPG
IMG_1253.JPG

バンドとしてはまだまだ青く、アンサンブルというものも個人の能力と裁量で努力を伴いながらという感触がありますが、今日からはバンドで車移動ですので、真面目な話、しょうもない話、ここには書けないような話やら色々とする時間がありますので、そういった点でもバンドらしくなってくるのではないかと期待しています。

そうなんです。昨日まではライブして各々の場所に帰るという形でのツアーでしたが、今日からは寝食を共にするのであります。

8泊7日の旅。その旅立ちの朝は荷造りと家の掃除とに追われつつ集合時間になろうとしています。

一週間もゴミ出さんとほっといて大丈夫か?

ツアー終わってやっとの思いで帰宅したら、キッタナイおっさんが住み着いてないか?

水回りがカビだらけになってないか?

と、不安をあげれば切りがありませんが、ガスと戸締りだけは確実に忘れないようにしとけばおっさんと火事の心配はないかなぁと思っています。でも、隣家で起こった火災に関しては・・・。気が狂いそうだ!!!



なんてことは冗談ですが、荷物の量に権ちゃんに「定ちゃんツアーは引っ越しじゃないから!」とつっこまれないかとビビりつつ。神経の細い僕は、出来るかぎり日常生活のまんまのペースで動きたいと思うがあまりに、綿棒や爪切りや牛乳石鹸といった本当に要るのか?もしも要ったときも旅先で買っても屁でもないようなものまで持って行ってしまっています。んー、洗濯用洗剤はどうしてるのだろうか?容器を移し替えて持って行こうとしていることは内緒にしておこう。



今日からのツアー日程です。

9/16(水) 岡山 倉敷アベニュー ゲスト:Scott Chadwick(tp)
9/17(木) 香川 SO NICE
9/18(金) 高知 木馬
9/19(土) 松山 モンク ゲスト:マリー大本(vo)
9/20(日) 広島 Jazz Club BIRD
9/21(月) 山口 Porsche
9/22(火) 東広島 Black and Tan ゲスト:なかにし隆(p)
9/23(水) 神戸 萬屋宗兵衛
米山紘史(gt) 権上康志(b) 定岡弘将(dr)

神戸、大阪の皆さま、どうか最終日の萬屋宗兵衛にお越し下さい。

posted by さだおか at 11:07| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月11日

20150911 スケッチを終えて

先日のsketchにお越しいただいた皆様、本当にありがとうございました。毎回来てくれる人がいるから僕も野津も前回よりも天昇堂の音響と関係する音に集中していけるんだなと思います。これからもどうぞ宜しくお願いします!

次回は11月1日の春日野道サウンドフェスタに野津が出演してくれることもあり、その前後にやりたいと思っています。

今回はいつも来てくれるKちゃんが「救急車通ってくれへんかなぁと思ったりしました」と言ってたのが印象的でした。会場内の僕と野津の音と残響だけに耳を澄ますだけではなく、頭の上を走る阪急や、山手幹線を走る車たちの音や虫の音やと、耳に入る音全てをsketchとして捉えて楽しんでくれてるんだなぁと思いました。

普通のライブではノイズのような椅子の軋みや、扉の開け閉めの音、咳払いやコップを置く音や何やと、あの環境で聴取可能な音をsketchの音として、それこそ音楽の成分として存在できるんだなと再確認しましたが、僕は聴取の問題を以前ほど重要視していないのも正直なところであります。

聴取可能な音、聴取不可能な音のその間。これはアンサンブルにおいてもそうなんですが、汽水域みたいな空間や関係性にこそ僕が聴きたい音楽、やりたい音楽があるのだろうということは分かってるんですが、その状況にいかに早く持ち込めるかというのが今の僕の興味、というか問題なんです。

楽曲というものを設定して、聴き手もそれを予習して来た状態でライブをやるとしますね。知ってる曲だけど、その場で演奏されるその楽曲は「再生」ではなく、また新しく生み出される楽曲として聴こえることもあるわけじゃないですか?それは歌詞が違うとか歌い回しが違うとかそんなんじゃなく、もっと本質的に新曲として聴く自分と、確認として聴く自分と、もっと何となく聴く自分と・・・みたいに一人の自分の中に無限の己を抱きつつ目の前の楽曲をひたすら浴びるということこそが上に書いた汽水域というものに近い感覚なのかなぁと今日は思います。

その点でsketchは方法論に重心を置いた即興演奏であるといえますが、僕と野津の二人の間でさえも共通認識している条件は何もありません。方法は情報ではない。それだけはマナーとしてsketchのときには特に気を付けています。

こうやって書けば書くほどに未体験の人の目には訳が分からないでしょう。是非一度足を運んでみて下さい。
posted by さだおか at 11:19| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月27日

20150827

あー夏が終わっちまったなぁ・・・。

IMG_1208.JPG

お盆以降、夏休みの残り日数を数えているだけで切なくて切なくて切なくて。今朝、登校する中学生たちが道端で挨拶する様子を見て、かけがえない夏の残像を感じてしまった。
posted by さだおか at 21:25| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月22日

20150822

五万までなら出す。

いきなりの書き出しに、「急に何を言い出すんや、さだやん!」とシャクレで葉っぱを噛んでボロボロの野球帽を被った読者たちが怪訝な表情だろうことを想像しつつ続けさせていただく。


なんなら、五万までなら出せる。

だから「どうした、さだやん。なんか辛いんか?」と読者全員が先輩目線で心配と興味のハーフ&ハーフな心情で、とりあえず怪訝そうな表情貼りつけて踏み込んだらおもっしょい話聞き出せんじゃねぇかと悪魔のように長い舌の先をピロピロと動かしているのを想像しつつ(卑屈やね)、無論、続けさせていただく。


やっぱ五万やな。うん、五万までしか出せんというのが本音やわ。


もういい加減しつこいことも承知で書いている。悪いな、こういう笑いの手法だ。というかこういう笑いが好きなのだ。で、結局何に五万まで、五万しか、五万以上は出せないと僕がほざいているのかだ。

今年で三十路といういい歳した男がソレに五万出せるか出せないかと悩むのは何か。僕が思うに、それは生活必需品等ではなく。嗜好品のたぐいでも、高級や一品といわれるものかと想像したり、案外無駄に純金の杓文字や、筆や万年筆のような違いの分かる男が好むような一品か、それかもう風俗しかないだろうと。いや、ぶっちゃけ風俗でしょ?男が五万までなら出すの出さんのと頭を抱えるのなんて。

恥ずかしくも誇らしい告白をすれば、今まで風俗に行ったことがない。行く理由は簡単に見出せるが、行かない理由はもっと簡単に見出せたからだ。その理由とは、俺が人見知りだからだ!どうして初対面の人と、特に女性となんてまともに話も出来ないような俺がどうして興奮しようか、勃起しようか、射精をしようか、いやせん。と高校古典でならった文法でもって気持ちを語らせていただいたが、ぶっちゃけそういう店が恐いってのと、たかだか性欲を収めるのに諭吉先輩が数人消えるのがもったいないと思うからだが・・・。

で、アサヒ芸能の風俗体験ページを毎週毎週穴が開くまで読み込んでいる俺だ。ある時には大久保かと溜め息を吐き、ある時には十三!?と変に興奮したりと、数枚の写真と、プレイの詳細と対応してくれた女性のバディの質感を日本語ここに極まれりという勢いで文字数ピッチリギチギチに書き込まれたエロ文学三歩手前のようなレポートに目もナニも熱くさせつつ、来るべき体験の日を夢見ているが、デリのヘルの多くが45分一万七千円前後が相場なのかと勉強したりしている俺が五万まで出すつってんだから、そこはもう人妻とか女子大生とかではなく、性職業のプロ中のプロであるAV女優(現役かどうかは不問)の、しかもその他大勢のように扱われるそれではないような女性にしっかりと一時間以上のサービスをしていただきたい!なんてことを思うが、どうなんでしょうね?

というか。

五万まで云々はそんなものが対象ではない。

実はテラスハウスの劇場版がDVD化されているのを最近知り、言わずもがな通常版ではなくディレクターズカット版をカートに入れたのだが、テレビ放送されていた分に関しては一切のソフト化がされていないのだ。そこにスタッフの強い意志を感じとっていたから、もしかしたら劇場版もソフト化はないかも・・・と読んでいたが故に一人でOSミントまで足を運んだわけだが、裏腹にソフト化されたことはそれはそれで大変うれしく思い、迷うことなく即購入となったわけである。

そう、そのテレビ版テラスハウスの完全版のBOXセットが出ている、もしくは出るのであれば、五万までなら出す、ということである。

心の師と思っている勝新太郎の座頭市のテレビシリーズのボックスが定価39800円にも全然手が出ないで数年来過ごしているという俺だ。五万といえば、今持ってるどのシンバルよりも高い。はっきりいって情けないが、高い。でもでも、俺は五万なら出すと言っているんだ!どうだ!フジテレビさん!テラスハウスのBOXセットを出しちゃくれまいか!?


この五万という値段設定は、客を選ぶね。ぶっちゃけ、覚悟なきゃ出せんよ。うん。
posted by さだおか at 22:23| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月19日

20150819 夏の

七月の終わりの頃。今以上に太陽がギラギラと空気を煮えたぎらせていた頃の記憶。

連日の快晴と狂気的な気温も、淡路島の田舎を吹く風のおかげで多少の涼は感じつつも、それでもナナガツという音感は汗を垂らさせる。その頃の帰郷は母校の吹奏楽部の演奏会の段取りに走り回っており、連日学生たちと過ごしていた。

神戸での生活では考えられない時間に起き、日が暮れるまで頭も体もフル回転させていたので疲れはあったものの、覚せい剤的回復力の湯の力と家事全般をせんでも済んでいたことがイージューライダーと化したこの体を生かしてくれていた理由だろう。そして一日でクタクタになっては翌朝には再生した肉体で立ち向かう日々を一旦終え、神戸に戻った時の話。

14時過ぎに三宮に着いた。バスセンターから歩いて帰るか電車で帰るかと思案し、取りあえず駅までの人波は避けたいと思ったので東に向かって歩き出した。数日間家を空けるスケジュールだったので帰宅しても冷蔵庫には水以外は味噌と練りがらししかないことを思いだし、ちょうど通り道にいつも買っている卵屋さんがあり、とりあえず卵さえあればどうにかおかず問題は解消出来るなと思い、大きな鞄とリュックを背負い、ペラペラのTシャツと短パンに首にタオルを巻き、サングラスをかけた格好で店の入り口を開けた。

そもそも春日野道に越して来たのも野菜は八百屋で、魚は魚屋さんで買うような顔と顔を合わせた買い物がしたいと願ってのこともあり、スーパーのように特売やセールは頻繁にはないが、顔見知りになることでその街の一部に溶け込んでいけるような気分を味わえるのは先に書いたような店舗で買い物をする生活である。マニュアル接客もなく、あくまで他人事というレジ担当者の態度もないそのような店での買い物は、客の素質というか素養が常に問われつつも別れ際にお互いに「ありがとう」と交わす一瞬に緊張と緩和が収斂していく快感というか、そこの安堵感と日常性をスーパーに比べたら多少高かろうが買いに行く甲斐があると僕は思っている。

箭内道彦氏曰く、ものを買う、外食をする、とかくお金を使うということの行為の根底には応援する気持ちがある、ということを僕も思っている。

お気に入りの店があれば、次行くときには人を誘い、ブログやTwitterで世界に対して勧めてみたりする。そのお店が末永く続けられるように、パフォーマンスの質を落とさないように、応援する気持ちで通う。そういうもんである。

話は逸れたが、二週間に一度、10個パックとゆで卵か温泉卵を数個買いに行く。一緒に買うと合計が300円もいかないのに10円ほど割り引いてくれる。先日もLのパック一つとゆで卵を三つで305円のところを「じゃあ・・・」とおばさんの脳が計算を始めた瞬間に、「今日も引いてくれるんや嬉しいなぁ。今日は端数切って300円やろな」と僕も財布の中を探ったが、おばさんの口からは「・・・10円引いて295円です〜」とお金を出す方も出された方も決して幸せではない金額が発表されたのだった。一瞬戸惑った。でもそれがその店でのルールであり、互いの距離感でもあるのだ。

やっと話を戻すが、そのような気楽な格好で入り、例のようにパック一つとゆで卵を買い求め、おばさんの言う金額を出そうと財布を探っていたら、卵を袋に入れながらおばさんは急に話しかけてきた。


「日本人?」
「そうですよ!?」
「ハ、ハーフ?」
「ちゃうちゃう(笑)純血よ」
「ほんまねぇ!?」
「ははは。はいちょうどです。ありがとうございますー」
「ありがとございましたー」


と、数回の会話のラリーをその後家に着くまで何度も反芻しながら歩いた。あそこで玉子買っててよかった。

何気ない会話に痺れる。そういったことが起こるのも必然の場である。

posted by さだおか at 10:12| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月30日

20150730 chara

charaの「タイムマシーン」という曲が切なくて切なくて、今更思い出したくもない、ともすれば悪夢のような、あの輝きしかなかった青臭くて淡い恋の記憶を刺激するのである。特にPVね。あれは、いかんですよ。表現と現実がクロスして、でも今はもう跡形もないような過去という現実。タイムラグに泣くのではない。甘い期待を抱くのでもない。ただただ、表現と現実の関係性に嫉妬するのである。

こういっちゃ悪いが、charaもUAは僕にとって似ているという印象である同じように似ているといえばMISIAとbirdも然り、それぞれが同じ引き出しに入ってる、そんな感じ。そして、charaとUAに関しては自作曲は聴く気にならないという点も似ている。

いや、何枚もアルバムを聴いてそう判断している。早計ではないんだ。ライブ盤も聴いてみたけど、全編を聴くべしと腰を据えたものの我慢できずにヒット曲までプッと飛ばして聴いて終わったりしている。ってそんなことが書きたくて書き始めたのではない。そうそう、タイムマシーンの話だ。

とはいえとやかく書く気はない。ただ一言。

「抱きしめあったり そして抱きしめあったり」という歌詞がある。この同じ言葉を言い換えも語尾も変えずに二回繰り返すのを聴く度に「天才かよ」と思っている。簡単なようで非常に大胆であり、大胆ゆえに困難な作詞テクニックだと思います。

安易に意味を物語りたいという衝動があると思うんだけど、それを繰り返すことによって聞き手の想像力に委ねるというのは意味や物語なんて所詮は小細工だったのかと思うほどにまっすぐに胸に届くんですよ。だから、天才かよと沁みるんですわ。

ということだけです。

今日は以上。

ご静聴ありがとうございました。
posted by さだおか at 20:00| 兵庫 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする