2016年09月27日

お買い物。

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GR DEGITAL4を購入。念願、というか待望、というか成就。

デジタル一眼を手にしてから、逆にコンデジの使い勝手の良さに気づいた。とはいえ画質の良さに慣れたので、多少上位機種でなければと思い込んで数か月、悩みに悩んでヤフオクで購入。前の持ち主が四年前に購入し、7000枚近く撮っていた様子。内臓データに何枚か写真残っていました。こういう所を気を付けないとなぁと思いながら初期化しました。

使い分けというほどのことはないでしょうが、持ち歩きのことを考えるとコンデジの方が気軽ですね。やっぱり。まぁそこらへんは荷物の量と相談ということになるでしょうね。

とにもかくにも、久しぶりの買い物で気分が上々であります。
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2016年09月24日

20160924 赤瀬川。

現在、最も尊敬している人はこの人だ。はっきりいって憧れている、といっても過言ではない。

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この人の文章は読み手に語るように書かれていると思う。そんな文章書ける人は他に知らない。それは上手い下手のそれでなく、手法として独特であるというという点で他には知らない。

あとやはりユーモアへの距離感も特筆すべきだろう。とても品がある。かといってそれが「品格」かというと、いやいやそんなもの、とはにかみながら「格」の字をこともなげに取り払ってしまう。その軽やかさというか、飄々とした様子にさらに「品」という文字のフォントは太く大きくなる。「粋」とも違うが、位相としては品と粋との間にいてる感じだ。

先に書いた軽やかさは芸術に関しても然り。無論トマソンなんてその最たる点ではなかろうか。

そしてとても恐い。恐ろしく恐ろしい。これは自論みたいなものだが、一見して優しい人はとても恐い。しかい、恐い人が優しいかというとそれは違うだろう。ニュアンスとしては「タダより高いものはない」という感じだろうか。いや、違うか。

僕の中で森山大道氏と赤瀬川さんはかなり近い印象である。語り口や質感はさらっとしていて優しいが、その内面は武骨で、鮮烈な理念が一本通っている。こちらが甘えようとすると、抱きしめるように突き放す。そういうことを極めて無感情にやってのけそうだから恐いのかもしれません。そう。内面は冷徹というか。

写真に関しても面白い人です。
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2016年09月21日

20160921 お彼岸

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半年ほど悩んで、つい最近やっと一眼の交換レンズを買いました。標準レンズはズーム出来て良かったんですけど、ライブに持って行くのでも神経も使う上に重いし鞄の中でも結構かさばるのでライブ会場の場所とか選んで持っていてたんですが、今回買った通称パンケーキレンズはその名の通り、パンケーキのようにレンズ自体が小さく薄いわけです。その分ズームは出来ませんが、非常に軽い!その上かさばらない!ということで、ライブはもちろんですが、今まで以上にスナップしやすくて非常に良い買い物をしたなぁと思っています。

上の写真は届いた次の日に須磨までカメラ持って行こうとしたんですけど、三ノ宮まで歩いてるときはまだ良かったんだけど、電車に乗ったら雨降りやがってね、もう・・・。でもまぁ須磨には別の用事が主だったので立ち直りは早かったですけど、もっと撮りたかったですね。

須磨には今年母親が亡くなった友人がいて、葬式や初盆にも顔を出せずにいたのでお彼岸を前に線香をあげに行くのが目的でした。そこで手土産を買おうとデパ地下に行きましたが、連休中ということもあってか混雑していて、あんまりそういう所をうろうろするのが苦手なので早々にお彼岸らしいお菓子を買ったら逃げるように出ていこうと思って色々と回ってみたんですけど、どこにも見当たらないわけですよ、お彼岸の文字が。その代わりにハッピーハロウィンとか軽薄な装飾が所々ありましたけど、日本人ならお彼岸でしょ、ふつー。ま、どのふつーかは定かではないんだけれども、ハロウィンなんて一か月先の話であって、まずは近々のお彼岸を掲げようぜ!

そりゃお彼岸じゃ経済が回らないことも簡単に理解はできるんだけど、儲けるからといってどんどんそういう文化とまでは言わないにしろ風俗的なことは大切にしたいわけじゃないですか。僕だって友人に「お彼岸には行きますから」と断りを入れたわけですよ。そういう感覚の方が少ないのかもしれませんねぇ。日本らしさとか日本のっていうことを大切にしたいとか、そういう思想を強調したいわけではないんだけど、少なくとも自分が子供の頃から馴染みのある方に今の身を置きたいと思ってはいますね。家に仏壇があったり、墓の掃除行ったり、面倒なことや分からないこともたくさんあるんだけど、次は自分の順番かなと思って、そういう時間、そういう季節、そういう一年の過ごし方をまずは目安にしたいなぁと思っているだけなんですけどね。

いやぁ、デパ地下であそこまで憤慨しながら歩くとは思ってもいませんでした。
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2016年09月08日

森山大道展に行ってきた。

日曜日はクルージング企画が中止になってしまったので、県立美術館にて開催中の森山大道写真展へ行ってきた。そう。その日は森山大道本人が来館し、トークイベントが開催されるということだったのだ。

クルージングの日程は毎年9月の第一日曜日と決まっていて、昨年のクルージング終了時に、来年もねと声をかけてもらっていたということで、一年前からこの日のスケジュールは決まっていたわけ。一方の、森山さんの写真展は夏頃帰省するときに阪神電車の改札口で告知のポスターを目にして知りましたし、ご本人が来られるなんてことは実際にチラシを手に入れるまでは知る由もなかったわけですが、ま・さ・か、クルージングの日とバッティングしてるなんて・・・。その情報を知ったときは、遅刻して顰蹙買ってもいいから行きたいと二秒くらい本気で考えましたね。最低ですね(笑)

そして幸か不幸か台風の影響で中止という連絡が来たときは、内心浮かれてはいけないと自分を諌めながら歯を食いしばって中止の告知や連絡をしました。そして、泣く泣く、あくまでも泣く泣く整理券が何時から配られるのか調べました。11時からということで、前日は深酒することなく24時就寝。泣く泣く寝ました。

11時に配られるということだったので、余裕を見て10時10分頃に着きましたが早くも50人ほどの列ができていました。そしてなぜか10時半に配布開始。んー。数年前の大晦日の深夜、地元の神社で餅放りがあるとのことで行ってみるとまだ時間には余裕があり、その前のカラオケ大会が盛大に行われていたので、一旦ビールを買いに神社から離れ、予定されていた時間の10分前に戻ったところ、会場に込み上げてくる熱気はなく、ステージも片付け始めていて、係りの人に聞いたところ、もう終わったと言われたあの日の記憶が一瞬フラッシュバックしましたね。近くだからって安心せずに早めに行って良かったと本当に思いました。

そしてなんやかんやと時間を過ごし、余っていた整理券を野津が来たいというので会場前で落ち合って、いざトークイベントとなりました。

内容としては事前に整理券を受け取ったときに一緒に渡された質問用紙に書かれた質問に答えていくという形で進められ、用紙からだけじゃなく余った時間には挙手にて質問者を募ったりしていましたが、最後の最後に質問された女性の質問が本当にどうしようもなく糞みたいなことをダラダラ話してるだけで、一向に何を聞きたいのか分からず会場の空気が変質していっていたところに、質問の締めの言葉が、「是非皆さんにアドバイスを。もちろん私にもお願いいたします」という風なことを言った瞬間に気絶してしまいましたね。森山さんは話を聞いてる風でしたが、相方を務めた長澤さんは明らかに気絶されてましたね。まぁそれに対して森山さんの返答の一言目が「別にみんなにアドバイスなんてないんだけど」という切り返しで、そこで僕は多少正気を取り戻しましたね。

トークの内容に関しては森山さんの著書で書かれていたことがほんとんどでしたが、実際に本人の口から「量のない質はない」や「全身センサーにして撮る」といった言葉が聞けたことは良かったですね。例えるなたマイケルジャクソンが実際に「ポウ!」って叫んでるのを見たくらいの喜びでした。

展示に関してはまた後日書きたいと思いますし、言われていたことに関しても気絶が解ければ書きたいなとは思っています。

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2016年08月30日

20160830 波よせて。

大安亭市場の南、コミスタこうべであった夏祭りに行ってきた。

同窓会的な目的の往復葉書を返送しようと郵便ポストを探してふらふら歩いてたら、大安亭のとこまで行ってしまった。その道中「今日は浴衣の子供がよくいるなぁ」なんて思っていたら、運動場に櫓組んでやんの、自治会の露店が出てやんので、盆踊りの気配むんむんでやんの。で、会場であるコミスタに入ったら大音量でクラムボンがカバーした名曲「波よせて」が流れていて、春日野道の盆踊りは前衛化しているのか?と戸惑ったが、櫓周辺はたこ焼き食ってる人や、アサヒスーパードライでタコ化してる人や、タコせんと称しながらえびせんにソース塗って天かす散らしただけの食べ物を手にした子供や大人が散り散りに立っているだけで、踊りはもっと暗くなってからみたいだなぁと思いながら、早速金券を購入して、僕もアサヒスーパードライ(250円)にて早速タコ化したのであった。

金券を500円分買うと、抽選券が貰えたので、例のガラガラをガラガラと回したら二等である赤玉が出たのだった。僕よりも先に抽選を担当していたおばちゃんが「二等〜!?」と大きいリアクションをしたので、妙にもじもじしながらどんな商品をくれるのだろうかとおばちゃんの向こうの商品が並ぶ机に目を向けると、「まさか米じゃねぇだろうな!ヒュウヒュウー!」と思っても仕方がないようなルックスの包装のブツに二等賞の熨斗が巻かれていたので、胸高まったのも一瞬。さっきのおばさんが軽々と片手で持ち上げて、「はい、二等賞。おもでとう」と手渡されたそれは、ポップコーンのお菓子の詰め合わせであった。味が三種類でそれぞれ三個ずつ入ってるそうだ。

米ほどにはありがたみはなかったが、三等賞のハート形の小物入れに比べると用途が判然としたもので良かったが、それを持って祭り会場を一周する間にも、まずその商品を見てから僕の顔を確認するかのような眼差しで見てくる視線を山ほど感じたのだった。

一旦帰宅し、夕飯を食べてから改めて踊りを見に行ったら、運動場上空が遠目に霞んでいるように見えた。門を入って分かったが、運動場で踊っているので砂埃が物凄くて、このまま入っていたら鼻毛ボーボーになってしまうと思い、遠目にアサヒスーパードライを手に鑑賞することにしたのだった。櫓の上で一人、先生と紹介される目張りが宝塚級の女性が巨大な団扇やバチやらで楽曲に合わせて踊りを扇情しているのが非常に良かったです。あの人はどこから来て、どこに帰っていくのでしょうか。そういう点でも素敵でした。

翌日の春日野道商店街の夏祭りは、昨年の経験で、あまりにも春日野道の春日野道らしい人柄の青年が多く、またその人たちの働きで盛り上がっていたので、今年は真っ昼間に行ったらそこまでの春日野道の青年の堂々とした様子は少なく、安心しながら見て回りました。三番街に飲食店が多く、その点で、非常に魅力的なイベントだなぁと感じましたが、やはり、飲食スペースとして設けられた机と椅子には春日野道らしい人物たちが陣取っていたりと、何も買うこともなく足早に帰宅したのであった。

精神的に潔癖ということでもないし、猥雑なものを良しとするほど器量は広くない。自分の一般性を確認する意味でも、春日野道のイベントは学ぶところが多いのである。

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今週のスケジュール

さぁ今週の演奏スケジュールです。9月以降のスケジュールも早々に更新いたしますので、またご覧になって下さい。



8月30日(火)北野 BASIN STREET ヴォーカルジャムセッション
高橋俊男Piano 泉正浩Bass 定岡弘将Drums
開場19時 開演19時半
¥1,500
http://www.basin-st.com/



31日(水)心斎橋 COMTE ROSE
西田あつ子vocal 橋俊男piano bass未定 定岡弘将drums
開演20時
¥3000



9月2日(金)明石POCHI 
三浦敦子Piano 須崎健二Bass 定岡弘将Drums
開場18時 開演19時30分
¥2600
http://www.pochi-live.com/



4日(日)Bar MARTINI主催 KOBE Sunset Jazz Cruising XV
以下https://www.facebook.com/events/272121886496764/より転載。

出演メンバー 
 1階ステージ 
   司会:楠元なおこ(Vo共)、
   川瀬健(pf)、山下ケンケン正恵(pf)、安河内大介(bs)、
   中島幹雄(ds)、中田正一郎(ts)
 2階ステージ 
   Ravi(vo)、古谷光広(ts)、浅井良将(as)、越山満美子(pf)、
   石川翔太(bs)、定岡弘将(ds) 
 
       ミュージシャンの楽器持ち込み大歓迎!   
       プロ、アマ問わず大いに盛り上がりましょう(^u^)。

集合場所:中突堤中央ターミナル1番(ポートタワー西側)
         オーシャン プリンス乗場前

時   間:16時30分    受付開始
       17時30分    乗船開始
         受付順にて乗船(整理券発行します)

会   費:5000円( ドリンクフリー)
       チケットは、当日までにお店でお買い求め下さい。 
       (150名定員)

注   意:雨天は決行予定ですが、
       台風等の荒天では中止する場合がありますのでお店に
       確認下さい。

問合先 :Bar Martini ☎078-322-1117(平日 17時以降 )
      飯塚 信明   ☎090-8532-2171



宜しくお願い致します。
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2016年08月17日

20160817 夏過ぎて。

2016年の夏、淡路で過ごす最後の夜にやっと海に行けたのだった。

炭酸は自宅で飲んできたので、じんわりゆっくり飲みたいときは最近はウーロンハイが多い。
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透明のカップで飲むとなお美味い。
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忘れ物の浮き輪で遊ぶ姉妹。
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日が暮れて二合。
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トイレ行くの面倒になって、海に放つ。浜に人影はなし。歌いながら、泣きながら、放った後の月。
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よいよいの三合。
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夕暮れを感じたくて、16時過ぎに実家を出発。一旦海に一番近いスーパーで缶チューハイを買って、それを片手に遠回りしながら海の方角に歩きながら撮影。自分の視点がボヤけているせいか、どうも景色が眼球に定着しない。自分にがっかりしながら歩き回って、浜辺を素通りして釣り人がいる防波堤の先っぽまで歩いた。


そういえば、スーパーに入ろうとしたときに駐車場でボコンと音が鳴ったので振り返って見ると、おばさんが一人で乗っていた車が、後ろに夫婦で乗っていた車があるのも気づかずに後退して衝突していた。ポカンと口が開いたおばさんに対し、ガーガーと嚙みつかん勢いの後車から降りてきた旦那と困った顔の嫁。「死んだり怪我してなくてよかったネ」と傍観者としての感想を胸に書き留めつつ、ともすれば自分が事故の当事者になるかもしれないなぁと気分を引き締めつつ入店した。おばさんには悪いが、本来は僕が巡り合うべき事件や厄みたいなものが数メートルずれて当たってしまったんだろうなと納得もした。だからこそ余計に、あれくらいで済んで良かったと思った。


海ではいろいろなことを考えていたような気がするが、何にも考えなかったような気もする。DJ気分で、ポータブルプレイヤーから選曲して、最後はスラッシュトリオ4の最後のソロピアノ聴いて号泣でした。


昨日の夕方洗濯物を干していたときに無性に寂しさを感じた。実家ではずっと家族の誰かが近くにいたし、その日の昼間も友人と食事したりしていたので、ベランダで生活音以外の音が聞こえない、自分の衣擦れや吐息や独り言以外がない状況と空模様に不安があって、少し過呼吸になるくらい寂しさが込み上げてきた。やるせない気分のまま練習をしてどうにかやり過ごした。
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2016年08月04日

20160804

今週と来週の半分以上は淡路島にいる。そう、昨日までいた。今日四日は神戸にいるが、明日の今頃はまた淡路島だ。


毎年恒例の母校の吹奏楽の演奏会の監督と実家の手伝い。だから、わずか数日だけども二週間が過ぎるまで神戸にいても気分はふわふわして落ち着かない。たった数日でこんなだから、きっと一生上京なんてしない。淡路島や実家まで小一時間の距離圏にいるだろうなと思っている。


一度切った豆苗に水をやって育てていたのに、神戸を離れた四日ほどでしおれてしおれてしょうがない状態と化していた。冷静に考えずとも当たり前だ。日中35度の屋外。人間だって四日間つっ立ってたら何リットルの水分がいるか・・・。


演奏会の監督といっても隅から隅までというわけではなく、主体は生徒であって、彼ら彼女らが絵に描いた演奏会のビジョンに具体性と客観性を持ち込むのが仕事だと思ってやっている。自分としては演出というと言い過ぎだが、そういう視点で全体の流れや構成に関しては積極的にアドバイスしている。演奏内容に関しては基本的にノータッチ。あくまでも監督や演出として関係したいという気持ちが強くてそうしているが、打楽器の連中にだけは時折口うるさく言ってしまう。

演奏会は三部構成で、一部はポップスや軽めの楽曲中心、二部はステージマーチング、三部は吹奏楽曲や重めの楽曲が中心だったが、その年々によって違うが二部は必ずマーチングをしている。しかも選曲から指揮、振り付けやシナリオや照明、スポンサー獲得から印刷物の制作まで全て生徒だけでやっている。大きな金額に関しては先生が大人同士で話をつけているみたいだが、プログラムや衣装その他の経費等のそこまで大きくない金額に関しても生徒が動いている。

僕の主な仕事としては四月か五月に演奏会の内容の大まかな構成をまず打ち合わせ、生徒だけでは出てこないようなアイデアや希望を引っ張り出したり投げかけたりすることから始まる。そしてそれを元に生徒たちが話し合って構成を練ってきたのを台本化したものの細部を詰めるのが六月くらい。で演奏会前の合宿や夏休みの連日の練習風景を見て三次元化した台本をさらに洗練さを加えると同時に、やっている本人たちに意味や役割、仕事や存在意義を説明するつもりで触れ合ってみる。

ここね、「触れ合ってみる」ってのがポイントで、具体的には言いません。全然言いません。ただ、こちらとしては一人対一吹奏楽部という関係性だと思っているんで、それくらいの気合の入ったパワーつーか情熱というか、執念みたいなものを視線やちょっとした助言や練習内容に関して口にたり、動きにしたりするわけです。信じてほしいと願うなら、まずはこっちが全力で信じなきゃなぁという信念で臨むわけです。十代が50人くらいいて、それをグワっと先導したり扇情したり褒めたりたしなめたりするっていうのは体力じゃなく気力しかないと思っています。


まぁそういう風なことを夏はやっていたりするんで、自分の音楽活動は二の次ってわけなじゃないけど、自主的には組もうとしませんね。でも、今年も彼ら彼女らが空調のない教室で汗だくになって、たった一回の演奏会のために練習したりしている様子を見ていて感じるものがありました。何かそれが僕の表現の大河の一滴のような存在になりつつあるのがわかります。それとここ最近の集中的に読書している内容からと繋がるような予感もしていて、こういう活動をしなくては表現の種を見つけたり生やしたりすることが出来ない不器用さに付き合いきれん時もありますが、だからこそオリジナリティなんだろうなと思ったりしています。


今週末の演奏会に向けて今を夢中で過ごしている彼や彼女たちに、いつかまた夏になったら思い出してほしいな、なんてくらいのエゴは胸に抱きつつ滾った胸の内を恥ずかしげもなくさらけ出しています。ドラマーとしてのライブとなんら変わりなく、高校生たちに突き刺さっていってるんですよ。迷惑な話ですよ、ほんと(笑)
posted by さだおか at 09:59| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月29日

20160729 セッションに行ってきた。

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」


春日野道から自転車で約30分。岡本のボーンフリーで毎月やっている柏谷淳さん主催のセッションに行ってきた。最近だいぶジャズというものが体に入ってきて楽しいと思うから、もっとライブや仕事の依頼が入ったら嬉しいな嬉しいな、そのためにジャズミュージシャンにとっては就職活動の場とも称されるジャムセッションに行ってみようと思ったのだった。神戸に来たての18,19歳の頃の積極的に行っていた気分や心情で行ってみたのだった。


結果、感想を言葉にすると危うい。だが誤解を生じさせるギリギリまで言語化するならば、「結局ジャズって何なんだ?」という煩悶を胸にいくつかの川を越えて、深夜の二号線を西に漕いでいた。そう。まさに冒頭の一行目の心情である。


あのセッション自体がどういうあり方を望んでいるかは知らないが、セッションというものが音での交流を主体とせず、酒を交わして言葉を有しての交流の場であるとしたら、僕のような性格の者は立つ瀬がないと感じた。昔はもっと素直で、もっと純朴にいわゆる業界に入りたいという思いが強くあったので、必ず名刺を持参して、はじめましての方には積極的に配ったりしたが、十年経った今ではその点での積極性も薄れてしまった。というか、名刺を持参しなきゃという思い以上に、演奏頑張るぞ!という気合の方が強くなりすぎてしまっていたようにも思う。その点は反省しているが、ジャズって結局何なのかなぁ。


いわゆるジャズスタンダードを元にアドリブを展開をすればジャズか、というとそれは違うと思う。


とはいえホストのドラマーの佐藤さんと遊びに来ていた清水さんの人柄は優しくて素敵だった。そういう人柄がそのまま音やアンサンブルに出ていて羨ましかった。それに比べて僕は暗く、卑屈だなぁと思ってしまった。あの人たちのような分かりやすい優しさが表出していれば今の僕の技量でももう少しは依頼があるのだろうなぁと想像したが、それがもう卑屈だ。

甲陽に行っていたときに、アンサンブルの授業でピアニストの竹下さんに「君は冷たいよな」と言われたことがずっと胸に残っている。確かに自分でも他人のバッキング時に「今の冷たく感じられてもしょうがないよな」と瞬間的に反芻することがある。特にベースとの関係性において、僕は冷淡極まりない態度を取っていると思われても仕方がない。基本的には「勝手にやってくれ、僕も勝手にやるから」というスタンスだからだ。


僕がジャズを愛しているが、同等に憎んでいるのも今日書いたことの根底の部分にある。どう読み解くかは自由。音楽、ジャズとはいえ最後は人の所業であって、音符やメロディーがすべてではない。帰宅し、そう自分を言い聞かせながら昼間に作った豚ミンチのレタス巻きを食べながら焼酎を食らって眠った。


これからも予定が合えば色々とセッションには行こうと思っている。日々就活である。
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20160729 セッティング写真

近々のライブやセッションにて、セッティングした様子を撮影した。

忘備録というほどでもないが、僕自身がドラムキッズだった頃は色々な音楽雑誌やドラム専門誌に様々なライブレポートでの写真を見て、そのドラマーのセッティングを穴が開くまで見たものだ。そのセッティングを見ただけで、大体のそのドラマーの身体性が想像できるわけだ。その様子が美しい人の方がやはりドラミングも自ずと美しいものであるという持論がある。

個性は音が鳴る前にもう発露している。

ライブを見に行って、ギタリストでもないのに足元のエフェクター類を見て胸が高まることってあるじゃないですか。そういう気分で見てくれたら幸いです。



芦屋ejにて。
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元町 萬屋宗兵衛にて。
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明石POCHIにて。
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椅子を最近高くした。その方が下半身に体重を乗せられる気がしたからだ。シンバル類を低くしているのも同じく体重問題からだ。音を鳴らすためにはまず体の動きや使い方を考えるべきで、スティックを持つのはその後でいい。視点と耳の位置。腕の軌道と下半身とが腰を支点に縦と横の運動の連動をいかに果たせるかが問題だろうと考えている。
posted by さだおか at 12:44| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月22日

20160722 

今週末はセッションをやっております。お気軽にお越しくださいませ!


22日(金)元町 萬屋宗兵衛 ジャムセッション
葭葉愛子Piano 武村一輝Bass 定岡弘将Drums
開場19時 開演19時半
社会人¥1000 / 学生•プロ ¥500
観覧のみノーチャージ・チップ制
http://www.soubei.co/


24日(日)明石POCHI スペシャルジャムセッション
高橋俊男Piano 泉正浩Bass 定岡弘将Drums
開場18時半 開演19時
¥1860
http://www.pochi-live.com/


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2016年07月18日

20170718

婆さん入院につき一人で過ごすおじんの寂しい食卓はしのびないと思い、帰るのを一日遅くした。

昨日は海に行き泥酔し、思わず猛る気持ちのままに長文のメールを某近石さんに送り付けたら、反射的速度でその三倍は長いメールが約十分ごとに計六通届いた。

どのメールも内容も非常に素晴らしく。音楽というもので人生が狂ってしまっているのがありありと伝わった。音楽の話なのに科学と文学にすぐシフトする感性が、本当に音楽というものを勉強しようと、勉強してきたのだなぁといつもながら感心してしまう。

色々と割愛するが、「サダオカ氏の音楽はもっともモーゼ自身の意識にあると私は推測している」ということらしい。ディラックの海、0次元に憑かれているのだろう、とのこと。なんのこっちゃ。

閑話休題。

そんなおじんとの昨日の夕飯時の会話。

僕「明日は何時に婆さんとこ行くんで?」

おじん「昼前から行こか」

僕「それやったら僕12時前に学校行くから、行きしなに降ろして、小一時間打ち合わせするだけやから13時過ぎに迎いに行こか」

おじん「そないしょうか。またちゃんと飯の時に顔出しとかんと帰って来てからブツブツ言われたらかなんから」

僕「なんでよ?」

おじん「わしが入院したとき三食食べさしに来ょった(キョッタと発音)から、私のときはあんた来んのか言われたらかなんから」

僕「ふーん」

かれこれ五十年以上夫婦として暮らしていても、いまだにそういう水面下での駆け引きはあるのか・・・。男と女という生き物の共生というものほど文化というものが無いものかと独身の僕は呆然しながら芋焼酎の水割りを呑んですぐ考えるのをやめたのだった。

婆さんは無理矢理にでも、それこそじいさんに拒否する間を与えないくらい喋り倒して野菜を食わすのだが、婆さんのいない食卓でおじんはのびのびと好きなものだけ食っている。今日も少し傷みかけたオクラ(沖縄の赤オクラ)があるから食べてと婆さんにことづかっていたので、オクラを湯がいてから刻み始めた瞬間、絶妙な間と声量、もうそれは落語の達人のような「わしオクラ要らんで」という言葉が僕の背中に投げかけられた。爺さんの野菜嫌いは野球なら王貞治クラスやな
と感心しながら自分だけ盛り付けたのだった。
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2016年07月16日

20160716 夏

祖母が手術を受けるというので入院したので、見舞いに帰ってきている。

新しい県立病院からの眺めが壮観で、もう二週間ほど後に入院しとれば花火見るの最高やのになぁと祖父に話したりしていたが、手術後の祖母は非常に苦しそうで、祖父曰く「もうあかんのとちゃうか?」という状態で管という管が体に入り、また出ていた。

一応というか、ちゃんとカメラも持っていてたのだが、その普段とはかけ離れた姿に三歳の姪共々戸惑ってしまいとうとう出すことが出来ないかった。意気地がないなと思った。

そういうときに撮ってこそだろ!?と自分を鍛え上げていたはずだし、家族としてもそんなときにも写真を撮る僕に対して特別な感情を抱くことはないだろうけども、僕の方から予防線というか、人としてどうなんだ?という一種のモラルのようなもので体が動かなかくなったんだと思う。病院を出てすぐの交差点が「海岸通」で、その看板を見たときにいろんな想いが駆け巡って涙が出そうになったので、精神も抑え込まれてしまっていたんだなと思った。

アジカンにも「海岸通り」っていう曲ありましたけど、良い言葉だなと思いました。情緒があるし、この道を行けば海に対面することが出来るんだろうなという気分が出ているし、その通りにある店々はある意味海という存在で食っているようなもので、その点に悲喜こもごもの生活が思い浮かぶし、何より海水の成分を孕んだ少し切ない風が吹いてそうじゃないか。

その後姪をいつも酒を呑んでいる大浜海岸で接待。目的が違うと海にすら感じるものが変化していて面白かった。

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2016年07月13日

20160713 日記的に。

先週だっただろうか、暑くて蒸し蒸しして頭の働きが当社比60%の機能で暮らしているので記憶が定かではないが、餃子を作って食べた。それも皮から作ってだ。

そもそもはあるテレビ番組で、森三中の大島さんが美味しそうに餃子を頬張っている姿を見ながら夜中に酒を飲んでいた。その時は適当に柿ピーで飲んでいたが、我慢堪らずにクックパッドを見て冷蔵庫の野菜室に白菜とキャベツが少し残っていたのを確認し、ネットで近所のスーパーの広告をチェックして翌日ひき肉が安い店を確認してヨダレを飲み込みながら寝た。

早速午前中に買い物に行った。市販の餃子の皮は20〜30枚で100円前後。大きさだけじゃなく、メーカーも数種あり、どれにしようかと考えているうちに「いっそのこと皮から作るか」と、前日クックパッドを見た時にそのレシピを公開していた人も皮から作っていたので頭の中のレシピを思い出しながら小麦粉を探し求めた。

豚ミンチ200グラム、鳥ミンチ100グラム、ニラ1束、キャベツと白菜適量をタネにして、一旦冷蔵庫へ。

皮は小麦粉400グラムをお湯で混ぜつつ、頬ずりしたくなるような風合いになるまで捏ねて、ラップをして寝かせた。

机をクエン酸で拭いて、片栗粉をエイっと撒いて、寝かせた小麦粉を伸ばした。慎重に慎重を重ね、その後の掃除のことまで視野に入れつつ皮を形作り、小一時間かけて50個ほど餃子を作った。それでもまだ三分の一ほど皮とタネが残ったので、それはまた翌日にと思い冷蔵庫へ。

一応市販の皮も20枚一袋だけ買って包んでみたが、やはり整っていることもあってこっちの方が遥かに包みやすいし、実際に焼きあがった姿は毅然としていた。知性派というかシティ感のある餃子で、自作の皮の方はというと分厚く形もまちまちで、まさに無骨、まさに野趣といった雰囲気で、焼いた姿を見て「中学で野球部入ったら無条件でキャッチャー。吹奏楽ならチューバ蒸されるな」と独り言が出たほどに、無骨さと野趣に磨きがかかっていた。

味はというと、市販のものは悪く言えば無難、よく言えばいつものといった感じだったが、自作の皮で包んだ餃子はそのぶ厚さがいつもの餃子とは一味も二味も違っていて、おかずというよりは主食くらいの食べ応えもあり非常に美味しかった。焼きもいいけど水餃子にしたりスープに入れたりしたらさらに美味しいやろうなと思いました。

餃子なんてもの一食で食べても10〜15個くらいのもので、余ったものは冷凍したりラーメンに入れたりと二日間ずっと餃子を食べて過ごした。かなりの餃子欲は満たせたつもりだ。

作ってみて思ったのは、ちょっと食べたいなぁって時は市販の冷凍の餃子が経済的にも効率的にも良いでしょうね。最近の冷凍餃子って本当に美味しいですから。下手したら町の中華屋の餃子くらいより美味しいかもしれないです。

恐らく皮から作ったこの時の費用は600円から800円程度だと思いますので、三食で食べても一食200円程度なんで市販品の方が安くつきますね。作り置きする前提でってなると手作りの方が安いけど、餃子って一旦並べて冷凍してからでないとくっついたりするからちょっと面倒なんですよね。だから、これからは餃子パーティーでもしない限りは皮まで作るなんてことしないと思いますけど、あの無骨な皮の感触を覚えた唇がそれで許してくれるかが不安ですね。

余った小麦粉でうどん作ってみようかと思っていますが、なんせ暑いんでね、冷房つけてうどんこねるっていうのは経済的かどうかっていう新たな問題が出てきますよね。業務スーパーで28円で売ってるわけだし、冷凍うどんも超美味しいですからねー。経済性や効率以外の目的があれば作ってみようと思います。

今回小麦粉がカメラに入ったら嫌だったので、カメラは別室に置いていたので写真は一枚もありません。せめて焼いた姿だけでも撮っておけばよかったと後悔しています。
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2016年07月02日

20160702 休日の過ごし方。

気付けば七月です。ライブ四連チャンを終えての今日土曜日はお休みです。あーこういうときにイケてるミュージシャンは振り返ったり、次回ライブの告知等をスマートにスムーズにスムージーなんて飲みながら書いてしまえるのでしょうなぁ。

こちとらとにかく読書読書読書、DVDDVDDVDと脅迫観念的になっていて、今日は一日それに費やすぞと思っていたのですが、梅雨の中休みなのか異常と形容できるほどに素晴らしいお天気のおかげで午前中から部屋が蒸し風呂と化したので、せっかくなら日焼けもしてみたいなぁということで散歩がてら海辺まで行きまして、その適当な木陰にて読書してまいりました。

暑ければクーラーを点ければいい。

そうなんだろうけど、今の僕にはどうも違ったんですね。それは電気代が、という点もないわけではないですが、そこまでして自宅に籠るということに頑なではないわけで。結果的には四日間の疲れや反省、日々の暮らしの疲れが、木陰に二時間ほど座り、今読みたい本を読み、風が吹いて、今年初めての蝉が足元に落ちてきて騒いだりと、癒しというほどに上滑りのしやすい言葉を選択するのは嫌々ではありますが、癒された時間だったと思います。例え読んでいた本が森達也の著作「『A』撮影日誌―オウム施設で過ごした13カ月」であっても・・・。

暑ければ木陰に行けばいい。

書を捨て街に出ようではないが、暑ければ冷やすのではなく、暑くないところに身を置けばいい。そういう思考が今の僕には自然なんです。

過渡期、過渡期と何年も口に出したりしていますが、ここ数か月のうちに逍遥し、逡巡した思考がメリメリと何か皮を破るような音が身体からしているような気がします。個人的にはこのタイミングで改めて森達也氏の著作に手を伸ばしたことと、CD制作のためにとオウム真理教に関して目線を向けたことは大いなる意味を持っていると確信しております。

これからまだまだ暑くなりますが、それぞれの立場で、それぞれの生き方で、それぞれの暮らしの中で健康に過ごしていけたらなと願っています。




蛇足ですが、今思うこと。

「選挙に行かなければならない。投票しなければならない。」
と無暗に言葉にする根底に「ある種の思考停止はないか?」ということ。

あまり深くまで考えてはいませんが、民主主義という思想や形態、漠然と国家と呼ばれるものが選挙にて担保されるなんていう時代はもう・・・、と思ってしまっています。民主主義と選挙は論点が違うと言われればそれまでですが、選挙というものが何を選んでいるのかが分からない以上は体は反応できないでいます。

個人という人でしょうか?政党でしょうか?思想でしょうか?いわゆる未来でしょうか?

どうも解せないでいるんですな。これも一種の森達也病ではあると自覚して、普段は口にも出さないような政治に関することを書いてしまいました。まことに蛇足であります。

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2016年06月13日

20160613 オウム真理教


結局のところ、今自分が音楽をやっているエネルギーの根源はオウム真理教と酒鬼薔薇事件の二つの事件が元となった感情や心情なんです。それを分かりやすく噛み砕いて、ルサンチマンとペーソスだとか言ったりしているわけですが、、、。

個人的に1999年にあらゆるものが飽和と化したと思っていて、ゼロ年代は正直その余波というか惰性でのみ長らえていると感じで、2010年代に関しては何も語ることがないだろうとすら思っています。日本という国の戦後や昭和という風情や品位や文化風俗というものは1999年にバーストしただけでなく、その価値が反転したくらいの冷血なベクトルへと加速していると思ってなりません。

今作っている「SEMODAI 2」に関しては、今までの総決算として作っているわけです。そうなるとどうしても向き合わなければならないなと思っていて、ついに先週中ごろからオウム真理教に関して書籍やネットを使って調べに調べている最中であります。

どうしてアルバム作るだけなのにオウム真理教のことを調べる必要があるのかと疑問に思う人も多数いるでしょうが、立川談志が「落語とは人間の業の肯定である」と言ったように、演目さえやれば落語というわけではないわけでしょう?もうそう疑問に思った人は後の文章読んでも仕方がないと思うのでお茶漬け食って帰っていただいて結構なんですがー(笑)

音楽とて、とりわけジャズなんてものは1800年代後期からのアメリカにおける黒人の位相なわけで、現代の日本人である僕がどうやれば肉体性と精神性のあるジャズをやるのか、それも過去ではなく同時代性の音楽としてのジャズとして表現できるのかと少しでも考えたら分かるわけですよ。「自分の人生をやればいい」と。

オウム真理教を通して様々なことが見えてきますよ。そして行き着くのは文化と情報と思想と宗教、とどのつまりは人間のことなんですな。

僕が人間である以上、特定のものを深く深く解析していくと人間という問題に突き当たるんです。それがジャズでもそうなんです。ジャズを勉強してジャズや楽器の技術や理論みたいなもんに当たるような奴の即興音楽なんてあと十年もすれば全部AIがやってくれますからね。ジャズだって人間がやってんだから、人間にぶち当たって悩んで考えてってしなきゃ、いつまでもいつまでも過去と似通ったものにしか価値を見出せない人たちが守り立てていくなんてことになるんでしょうなぁ(遠い目)。

過去や経験を軽々しく言ってるんじゃないんです。それに夢中なひとであれ、同時代性があれば僕はすてきだなと感動すると思うんです。先に書いたアイさんの踊りも然りです。

表現者としてのフィルターや視点、その独自の感性を肉体と精神をフルに使って全身体でやればいいだけじゃないか!と今では思っています。そのためにも、今の僕はオウム真理教を勉強するんです。
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2016年06月08日

20160608 身体を考える。

メロンオールスターズに参加して、音楽家以外のパフォーマーの方々を見たり喋ったりすることが何よりも経験として身になっているように思います。


特にここ数ヶ月考えている「身体(身体性)」に関して、先日の船上ライブでのコマツアイさんの踊りの一幕に一人痺れておりました。詳細はまた改めてしっかりと咀嚼した上で書き記したいと思います。


音楽家、演奏家というものは時間に対してどれだけ存在感を問えるかという問題に悩み続けますが、体を使ったパフォーマーたちは時間というものに対して非常に素直に受け止め、また受け流しているように僕には見えました。もうそこには逆らわない。というふうなようにも時には見えるくらいです。それよりももっと空間に対してどう向き合うか、といったことの方に重きを置いているように思えました。その際やはり、自らの肉体と精神だけが武器と言いますか、表現装置となるわけですから、音楽家や演奏家が楽器や機材を通して音響化させる表現というものとは多少なりとも性質が違うとはいえ、違うものだなぁとメロンに参加するたびに思うわけです。


では音楽家や演奏家がどれだけ肉体に対して考えているのか、思想を持っているのかと問われると、基本的にはその人次第ではありますが、演奏上の技術と継続していくための体ということ以上には踏み込んでいないのではないかと僕は思っています。どうしても想像やイマジネーションの後になるんだと思います。


体をまず変化させることでそれに合わせた想像力を得るということ、まぁざっくり言えば過剰なダイエットや急激な肥満ですらそうだと思います。ダイエットしている時はイライラしやすいとか言いますよね。それも肉体から精神への刺激だと僕は思います。


んーまた何を書きたいのか、伝えたいのか分からなくなってきました(笑)


パフォーマーに対して音楽家や演奏家が劣っているということではなく、それぞれが脳の別の部分から表現というものへ辿り着こうとしているということですが、そこをもう少し僕は音楽家側からパフォーマー側の脳の状態を知ってみたい、それでやってみたいと思っているんでしょう。音楽は少し精神に傾倒しすぎているかなと最近では思っていて、どうすればもっと肉体的な音楽ができるのか、精神と肉体のバランスが計れるのか、そういったことを考えています。


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2016年06月04日

20160604 今日明日は琵琶湖でメロンオールスターズ!

今日明日とメロンオールスターズが琵琶湖汽船船上にてライブパフォーマンスします!

※僕は5日のみの参加になります。
そして僕が現存するドラマーで最も好きなドラマーである豊田晃さんは4日のみの参加ということで、また会えずじまいでとても悲しい。嗚呼いつの日かツインもしくはトリプルドラムでご一緒したい!

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メロンオールスターズ船上公演
「マー坊の青春 ウラオモテ 〜湖上にて〜」

2016年6月4日(土)18:00出港 20:00帰港(受付17:00〜17:50)
2016年6月5日(日)14:00出港 16:00帰港(受付13:00〜13:50)

予約・前売3,000円 当日3,500円
(高校生以下・車いす・障がい者無料)
琵琶湖汽船「megumi」船上

⭐︎受付場所:大津港観光船のりば
⭐︎所在地 :大津市浜大津五丁目5-1
⭐︎アクセス
・公共交通機関 JR琵琶湖線 「大津駅」 下車 徒歩 15分
・京阪電鉄/石山坂本線 「浜大津駅」 下車 徒歩 3分
・車 名神大津ICから5分
⭐︎駐車場 普通車 150 台(浜大津アーカスを御使用の方は3時間無料)

ご予約・お問い合わせ
melonallstars@gmail.com

「メロンオールスターズ」
森定道広(コントラバス)
デカルコ・マリィ(アングラ)
中西功(ドラムス)
行本清喜(トランペット)
市川聡(ギター)
コマツアイ(ダンス)
名定正孝(ピアノ)
きよこ(舞踏)
マサト(舞踏)
田中美保(スタッフ)
田村早恵(スタッフ)
山本幸代(スタッフ)
殿村ゆたか(役者)
川本充(役者)
太郎(ダンス・唄)
みみ(ダンス)
高木順(ダンス)
加原敏巳(写真)
諏訪いつみ(役者)
金魚(ダンス)
津上信子(フルート)
由中小唄(ボーカル)
定岡弘将(ドラムス)
有本羅人(トランペット)
荻野やすよし(ギター)
豊田晃(ドラムス)
登敬三(テナーサックス)
荒崎英一郎(テナーサックス)
袋坂ヤスオ(舞踏)
原口裕司(ドラムス)
永澤こうじ(役者)
大歳芽里(ダンス)
Bridget Scott(ダンス)
高瀬薫(スタッフ)
山口朋子(唄・三弦)
村木基起(スタッフ)
森定夏彦(スタッフ)
下坂千尋(役者)
西山まき(役者)
永尾美久(宣伝美術) 
山本隆雄(制作)

「メロンってなんなの?なにしてんの?」と聞かれることがたまにありますが、いつも答えに窮しています。これと例えようがない独創的で、役者が主体の演劇とも言えなければ歌やダンサーがいるけどもミュージカル風でもなく、舞踏でもなく、、、。言語化不能と言ってしまうのは簡単ですが、それでもメロンを掴み切れていない表現のようにも思います。

非日常であることは間違いありませんが、果たしてそれが本質かというとそうでもない気がするんです。役者、舞踏家、アングラ、ダンス、その辺りが僕周辺の音楽を愛するだろう方々から「?」を生んでいることは分かりますが、その人たちがいるからこそメロンオールスターズなのだろうと断言できると思います。

回りくどい言い方はやめます。

とりあえず一回体験してみてください。そして、その場はメロンオールスターズに身を委ねてください。そして打ち上げにも参加して、全身でメロンオールスターズを体験してみてください。結局ね、それでもなにかなんて分かるわけないんですけどね。僕も五年近く参加してますが、いまだにじぇ〜んじぇん分かってませんから。

どうぞよろしくお願いします。
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2016年05月30日

20160530 たあいもないこと

徒然なるままに書き記す。忘備録というほどのこともないが、言質として次回とすべく書き記す。


最近分かったこと、というほど大袈裟なことでもないが、自分でも意外だったのだが、どうも僕が一番好きなピアノトリオはチックコリアのということだった。そしてチックコリアも好きだということだ。しかし視界に映る限りのチックコリア好きを自称するピアニストたちはフージョン臭がしてとても近寄りたいと思わないが、僕自身はチックコリアがとても好きだということに今更気づいたのだった。

宇宙の星屑ほどあると言われているジャズのCDやレコードの中で五枚選びなさい、選ばなければ死にますと問い詰められたら、間違いなくチックコリアの「Now He Sings, Now He Sobs」が入ることになるだろう。どうして好きなのかと自分でもはっきりとした理由らしき理由は有していないが、それゆえに生理的な部分で腑に落ちるからだとも言えなくわないだろう。

先日も明石のポチでセッションに参加してくれた若手の某氏とセッション後に話していたときに、ポチのN西さんが「ハンコックとかしにしても自分の出来ることだけして、出来ないことはしないから。何でもやろうなんてそんな人いないよ。チックコリアとかは別かもしれんけど」みたいなことを言っていたので、思わず僕は「でもチックコリアはリズムセクションの人間だけ変えて、やってることって一緒なんですよ。そこが賢いっていうかねぇ」と言っていた。N西さんも「そっか」と思うところあったような表情で笑っていた。その若手の某氏だけが空を見ていたなんてことがありました。

リズムの捉え方や、音の並びが決してビバップから芽が出たような、例えば「黒っぽいと」称されるようなピアニズムではありませんが、チック自身の生理や衝動に対して非常にダイレクトに反映していると僕は感じてそこはすべからくジャズらしいジャズだなと感じているところです。

あとやっぱり何でも手広くやっているイメージがあるんだけど、ライブ動画とか見るといつも同じ曲をやっていたりして、「何でも」というのはやはり何かしらの御解釈の元にあるんだろうとも思っています。共演者にしても然りで、自身のリーダーとなるバンド編成においてはいつもの面々ということが多いですね。企画物は別として。

あとリズム隊の組み合わせの妙に僕は驚きます。ヘインズとミロスラフとのトリオなんて最高ですよ。特にミロスラフなんて絶対曲知らんと耳と反応速度だけでやってるっしょ!?っていう適当さに盤石のチック&ヘインズのアンサンブル能力で立ち向かうという構図に僕は感じていて、どのアルバムも痺れるものがあります。

近年でのマクブライドとブレイドとのリズム隊も意外な組み合わせだと思いましたが、これもこれで面白いなぁとよく聴いています。しかしブレイドが二拍四拍でハイハットを踏んでいるのを聞くたびに逃れられないジャズの
イディオムの強靭さも感じて、なんというか心は侘び寂び比率二:八で胸が苦しくなることもあります。

そして何よりも彼のトリオを聴いていて「決断力」という言葉がいつも胸に迫ってきます。ジャズのアドリブ、まぁアドリブに限らずですが、イントロの一音目からエンディングの音を切る瞬間まで絶え間ない決断の繰り返しですが、それがチックコリアを筆頭にかのトリオの面々は侍が腹を切るが如くの潔さで斬れ味が非常に鋭いわけですよ。発想も鋭角なれば、展開も鋭角と言いましょうか。そしてとにかくその決断の根底にはおもちゃで遊ぶ子供の心のように「ただただ楽しく面白く」を頭じゃなく肉体的に全身体性を以ってやっているように僕は思えます。だからジャズのイディオムらしいイディオムに対して非情冷酷でありながら無かった物として扱うという非常識さは当然ありませんが、そこに甘んじるということは決してありません。未知なるものに対する欲望が果てしないんだろうなと浅薄ながら感じ取っています。


いつもプーさんプーさんと言って騒いでる僕ですが、プーさんもジャズイディオムに対する姿勢はチックと似ていると思いますが、この人の場合はもっと人間としての業、ピアニストとしての業、ジャズミュージシャンである業といった風に、とにかくそれらの因果にひたすらに苦悩していて没頭していったように思えて、音源を通してしか知り得ませんが、苦々しい日々を過ごしていたのだろうなと噂に聞く氏の人間性も省みて思う次第であります。その点でチックコリアはもっと軽やかに「アハハハーン」とか鼻で笑いながら地面を弾みながら独自の音楽で活躍しているんだろうなと受け取るこちらとしても深刻になりすぎずに楽しめますね。


長々と書いてしまいましたが、最近はそういう感じで生きています。
posted by さだおか at 10:46| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月26日

20160526

先週末から気分が晴れない。サウンドフェスタで神経を摩耗し、夜のポチとで体力的にヘトヘトになったことと、その前後に酒量が増え、生活リズムが乱れたことが理由だと思うが、気温も上がったことも要因ではあるだろうと思っている。

サウンドフェスタ以上に同時開催していたイベントにたくさんの子供連れの家族が来ていて、どうもその雰囲気や、往来に立つ人々に気遣いながら楽器の運搬をしたことが原因のようだが、それだけではないような気がする。

イベントが盛況なことは良いことである。それは僕もそう思う。そうでなければ続けていくことも出来ないし、企画者や主催者の努力が泡となってしまう。来た人も楽しそうだったし、イベントスタッフ達も多忙で活き活きとしていた。良いことだと思う。

が、想定以上に盛り上がってしまうと整然さを欠くのではないかという点が僕の中で重いのだ。それによってイベントの重心が上がってしまうことがあると思う。違う言い方をすれば、相乗効果でちょっとしたことでワッとなりやすいということもあるが、僕自身もハコが大きくなったり、観客の数がハコに対して「満」の状態になると緊張もするし、それによって力むことがある。無意識に普段よりも頑張ろうとしすぎるからだ。でも同時にいつもよりパフォーマンスが下回ってもその状況が許してくれるということもあるのだ。それが危険かなって思うから、あの日以来消化不良のまま過ごしている感は否めない。

例えばA面とB面、そういう言い方は誤解を招く危険性があるが、春日野道はB面としての機能があると思うんですよ。それが盛況であるということでA面感が出てしまった、ということが咀嚼できなかったのかもしれない。
posted by さだおか at 10:17| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする