2016年08月31日

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先日の台風の影響での一日中ザァザァ降りの日からというものすっかり穏かな気温、穏やかな空、涼しい夜、という風に変わってしまった。去年の夏も、台風が夏を連れて消えてったようだったが、今年もこのまま変わってしまうのだろうかと憂いてしまう。もう少し、夏を感じたい。

そう。夏が暮れてゆく。それでもかつてほど絶望感というか、寂しさ侘しさで胸がつかえることもない。そのことにこそ絶望感というか、寂しさ侘しさを感じなくてわならないのだけれども、かつてほどの、という目安が、言葉を感情から掬い上げるときに引っかかって来て安堵したりすえうが、やはり哀しいものである。

先週の8月23日に、0823という数字の並びに妙に引っかかるものがあり、一日中考えていた。夜中に散歩しながらやっと思い出したのだが、かつてGLAYが「とまどい」というシングルを発売したのが、2000年の8月23日だった、ということである。

その当時、片思いをしながらも、どうもうまくゆくことはないと諦めるような、それでもふと顔を見たときにその人のことで胸にいっぱいになるような気持ちでいっぱいだったときに、そのシングルをリベラルというスーパーマーケットの向かいにあったツタヤ(元シティオ)で買って、冷房の効いた肉屋の仕事場で開封したことを今でも鮮明に覚えている。その歌の詩の一文に、自らの片思いをダブらせながら聴いたものである。

16年も前の記憶にいまだに雁字搦めのようになっているのもどうかしていると自分でも思うが、こればっかりはどうしようもないかなと思っている。

今年の夏の終わりの夕方は妙に穏やかで、寂寞としていてとても切ない。ベランダに干した洗濯物が時折揺れている様子も、心地よさげで、なおのこと辛くなる。
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2016年06月03日

20160603 雑な文章になってしまった。視点は面白いと思ったが・・・。

この前某ライブに来てくれた人(以前からよく来てくれる方)に「定岡さんは最近は何を考えて生きていますか?」というふうな質問をされた。そういった話は嫌いでなく、むしろ好きな性質ではあるんだけども、さすがに演奏後すぐで撤収もすぐだったということもあって曖昧に流してしまった。少し申し訳ないと今も今も思っているが今更どうしようもないのである。

そういった質問を受けたこともあり、ブログの元々性質ではあるが、僕自身がその時々に考えたり思ったりしたことをもう少し書いていこうと改めて思ったりしたのだ。まぁ、肩ひじ張ると息切れが早いので、そういうことがあったときには書いていこうと思います。需要があると信じて。



007シリーズが好きでよく観ている。つい最近も酒を呑みながら見ていてふと思ったことがある。

敵の子分や下っ端、出て来て早々に殺されたり殴られたり気絶したりするような人たちはどんな生活を営んでいるのだろう、ということが気になった。

007の敵はスペクターを代表するようにおおむね個人ではなく組織なのだが、映画の敵役としてスポットが当たるのは言わずもがな組織のリーダーとその右腕的存在くらいなもので、それ以外の組織の人間は物語上語られないし語らないのがほとんどである。

ちょうどクライマックス寸前、ボンドがピンチに陥っているヒロインを助けに行こうとするも、右腕的存在の敵に阻まれる。そんなときに右腕的存在の周りでボンドの打った銃弾に引きの画で倒れたりとアクションシーンの効果のために蹴散らされる下っ端の悪役たちにも家族がいてるんだろうにとか。ちゃんと死んだことがその家族に伝えられるのかとか生命保険に入っていたのかと心配になってしまうのだ。

三木聡さんの映画のシーンであったが、葬式にショッカーが参列しようと芳名帳に名前や職業欄を書き込むシーンがあり、たしか職業欄には「団体構成員」と書いていたような気がする。先に書いた組織の下っ端とて同じだろう。てかそもそもショッカーも組織の下っ端もどうやって給料を貰っているんだろうか?そしてその給料を家族は喜んで受け取っているのだろうか?

疑問は芋づる式に広がる。

そもそも結婚しているのか?
子供はいるのか?
参観日にスーツ着るのか?
両親は元気か?

きりがない。


組織のリーダーは自分の意志でまずは個人として反社会勢力として活動していくことを決めて邁進した結果、それに賛同する者や、規模の拡大で集まったということで組織として活動することになるのだろうが、そのリーダー以外のその他大勢の人たちはどういったことだったのだろうか。あ、今気づいたんだけど、それって映画の中だと思うから余計に想像が膨らんでしまうんだけど、実際の世間、例えば今を賑わすヤクザとして考えればさも難しくはないのかもしれないと思った。しかしだ。実際の世間ゆえになかなか簡単には口にはできないということも、ある。

話を少し変える。

簡単に死んでしまう下っ端たちを画面で見るたびに「お前はそれでいいのか?夢はないのか?」と思う。まぁ、そんなこと思う方がどうかしてるんだとも思うが、下っ端とて悪は悪だ。志があって悪という道を選んだのであれば、家族や子供、年老いた両親に「俺は悪をして食っているし食わしている」という矜持があるはずで、画面の片隅で瞬間のスピードで死のうが、そういう重みみたいなものを感じさせて逝ってくれればと思ったり思わなかったり。

組織のリーダーだけが悪なのではない。しかし志や信心といったものは、やはりリーダーとなる者はモノが違うのだろうと思う。金も持ってそうだし、頭も良さそうだし。

あー自分でも何を書いているんだろうかと思う。正直苦しい。もう少し練ってから書けばよかったと反省もしている。最近赤瀬川原平さんの文章を貪るように読んでいて、その影響もあって文章が乱れている。まだ咀嚼中ということだろうか。そういう目的で読んでいるのではないが、やはり骨身に沁みているから自分の中に変化が起きているのだろう。

反省しているので今日はこれで勘弁していただきたい。



posted by さだおか at 10:37| 兵庫 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月09日

20150409 morning

目が覚めて、寝室とリビングを隔てる扉を開けると夜の匂いと朝の匂いが鼻をついた。むわっと酸いような、生臭いような匂い。いや、臭いだ。急いでカーテンと窓を開けて空気を入れ換えながら思う、「これが加齢臭ってやつか!?おいおいさすが三十歳様々やんけ」と。加齢臭、そう、噂に聞く厄介なやつだ。多少足は臭い方だが、それ以外体臭という体臭はない方だと自負していたからこそ余計に落ち込んだ朝だった。

本当に加齢臭なのか確認したい。そうであれどうであれ、できれば確証を得たいと枕に顔をうずめ深呼吸をしてみた。・・・無臭。しいていえば汗の匂いがするくらいで、寝起きのあのむわっとしたやな臭いはしない。とはいえ念には念を、カバーを外して枕はファブリーズを逆に害があるんじゃないかというくらい振りかけてベランダで干して、枕カバー片手に洗面所へ行こうとリビングを通ったときに加齢臭と思っていた臭いの原因を見つけたのだった。

前日から台所に置いてあった一日分のゴミの袋がその臭いの元凶だったのだ。
「驚かせんなよ」
元は近所のスーパーの袋だったゴミ袋に対し文句を言ったものの、その内心は加齢臭とはまだ縁がない身を大いに喜び、起きてすぐした数々の行動に照れての八つ当たりだった。その日のゴミはその日のうちに可燃ゴミ袋に入れてベランダに出しとけよと昨晩の自分を呪いつつ、それ以降どんだけ酔っていようとガスの元栓と電気とゴミ袋の整理だけは怠るまいと腹に決めたのであった。

昨日も外でも呑んで帰宅後も呑んでと、絵に描いた酔っ払いと化した俺だったが、上の三つにさらに翌朝臭ったらやだからと洗い物もして全て片付けてから寝ていたのだった。でも歯を磨くことはできずに眠ってしまっていたのだが・・・。

少し前に節約のためにと家呑みをどうすればしないようになるのかと考えて出した結論が「帰宅後すぐシャワー浴びて歯を磨く」ということだった。確かに歯を磨いた後はもうなにも口に入れたくないから呑むことはなくなったが「俺は寝るためだけに家に帰ってるんじゃない!」と主張する自分もいて、今はそちらの意見に完全に賛同してしまい、酔って寝て起きて口の中が気持ち悪い日の方が多いのが実際だ。とはいえ年齢と環境を考えるに体調管理はかねてよりシビアにならねば、順調に体力は落ちてるのに生活習慣は二十歳ごろと変わらなかったりしているのだ。胃や腸はもちろん、歯こそ守るべきではないのか?と自分に対しもう一度問いただしてみようと思う。

口が臭い人が嫌いだ。もっと言えば、口が臭いと分かっているのにそれになにも手を施さないという人が嫌いなのだ。噛めよ、ガムを。乾かすなよ、口内を。雑菌を育てるなよ、と。とはいえ体臭や経年による体調の変化に対し異常に抵抗している人にはなりたくないが、自分のことなのに無関心すぎるのもなんだなぁと思う。

「ああ俺もおっさんか・・・」と気が病んだ朝の話。




posted by さだおか at 11:24| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月28日

春の散歩

春は再生の時季。死と生が非常に近い。

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posted by さだおか at 14:30| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月07日

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シンバルとスネアの話。

最近はずっとイスタンブールのechoを使っていたので、それを買うまではずっとメインで使っていたマスターワークの22インチが自宅用シンバルケースの中で寂しそうにしていたので今年に入ってからは積極的に使っているが、どうも耳がechoに慣れてしまっていたのとシズル付きのシンバルを右手に持ってくることが普通になっていたのでマスター君の響きとタッチに違和感を覚えていました。「こらもうリベット打つしかないっぺ」と内心思いつつも、何度もライブやセッションで繰り返し使うことでだいぶと元の関係に戻れたと思っていますが、そこは「帰れない二人を乗せて〜♪」と陽水のモノマネをするわけではありませんが、これからの関係を目指すべく、某サウンドハウスにてリベットを発注していました。リベット自体は200円もいかないのに送料が500円近くかかる・・・というAmazonで骨抜きにされた僕の送料の常識の範疇を越えた値段のバランスを考慮して、これまた今年から長い夏休みから復活したカウノプスのブラスのスネアを使ってたもののこれも全然しっくりこないタッチと音色だったのでこれに関しても「ごそっと変えたろわい」とヘッドとスナッピーと併せて見積もると送料とのバランスもだいぶと健康な数字が並んでいたので注文しました。

スネアを解体して、掃除して、部品を磨いて、ボディにシールを貼って、ヘッドを上下共にチューニングし直して、新しく買ったPURESOUNDというメーカーのブロンズの24本のスナッピーを付けてニヤニヤしておりました。
こんな感じ↓
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胴の内側に個体識別のシールが貼ってあり、シリアルナンバーは38で、2004年NOVと書いてあった。もう10年経つのかと思ったのと、今同じスネアだと値段が当時の倍近くなっているということに驚いた。あくまでも自分のこの楽器に関してだが「こんなスネアに6万以上出す奴はアホかカモおらんやろう」と単純に思うし、カウノプスもあって当たり前のメーカーになったんやなぁと感慨にも浸っていました。初めてカウノプスというメーカーを知ったのはナンバーガールのイナザワ氏だったなぁ・・・なんて思い出したりも。


ヘッドはREMOのスエードという種類を初めて張ってみました。届いて箱から出した時に触った表面の感じは不安でしたが、張ってみてブラシでちょっとだけ擦った感じは「おぉ!」と好感触で演奏で使うのが楽しみになりました。

スナッピーに関しても今まで特にこだわりはなく。というか楽器全般にこだわりはありませんが、音が云々の時は他のドラマーの話を参考にしたりしながら楽器をいじったりしてきました。主に使ってるグレッチの木胴スネアも音が暴れるということで某氏に話したところ「ラグのビスを〜〜したよ」という話を参考にラグとチューニングボルト周りをいじったところ、以前よりかは良い音になったように思って使ってきました。で、今日は今まで触ってこなかった部品をちょっと変えてみようと思い、ブラス胴の特性とグレッチとの差別化も考えてスナッピーを選びました。まぁ現段階ではちゃんと付けれたということ以外はまだ語ることはないですね。音は何回かライブやセッションを経験を踏まえて微調整してからかなと思います。本当はもう一種類買おうと思ってたけど今月のお小遣い先生がなかなか腰が重かったので一種類で我慢しました。

シンバルの方は今まで何度も自分で穴開けてリベットを打ってとやっているのでつつがなく10分ほどで終了。今までやったことないクラスターという一カ所に集中して打つ打ち方をしてみましたが離して打つのとまた音が違っていて面白かったです。これもライブで使ってみて、三本から増やすか減らすか考えていこうと思います。

こんな感じ↓
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普段こんな風に機材に関して口にすることも書くこともあまりないので少し変な感じです。文章も面白味がないし・・・。あ〜昼寝しますの。
posted by さだおか at 13:29| 兵庫 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月04日

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遅ればせながら、明けましておめでとうございます。

元旦早々に世界でも数人しか罹ってないというインフルエンザという淋病の次に死の危険性の高い奇病にかかってしまい、メイとサツキのお母さんの横で茹でたトウモロコシを食べて食べて過ごしていました。

数日振りの風呂にも今朝方やっと入ることが出来、昨年の穢れをやっとのことで落とし、新年の幕開けにふさわしい朝を喉の痛みと加湿器からの水蒸気共に吸い込んで少しむせている次第であります。

悉く寝て過ごした三が日、年経たなぁと考えずにはいられないし、恐らく僕はエネルギッシュとか活動的とかいう言葉からは地球と土星の距離位遠いんだろうなと思ったり思わなかったりしていました。

今年の目標は「健康でありますように!」と胸に決めていたのに、元日早々この体たらく!最早「今年も負け戦なんだよ・・・でも、やるんだよ!」と奮起奮起してやっていかないと2015年の12月31日には辿り着ける気がしません。

音楽的な目標はバナナマンのコントのような演奏が出来れば良いなと思います。僕が好きなドラマーは日村さんとモチアンと富樫さんです!と今年は答えようと思います。

まだまだやっと自力で風呂場まで歩ける程度に回復した身ではありますが、早々に日常に戻らなければ神戸の家も早々に追い出されることになるので、明日明後日には島を蹴って本土に飛びたいと思います。

本年も何卒宜しくお願い致します。

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SEMODAI/セモダイ - ARRAY(0xe024208)
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posted by さだおか at 07:00| 兵庫 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月18日

20141218 春日野道サウンドフェスタ2

今月七日に無事開催しました第一回春日野道サウンドフェスタについて。

そもそも僕が春日野道という町に越してこようと思ったのが天昇堂とのぞみ青果があるということと、大安亭市場
があったということだ。
それまで三宮から酔って歩いて帰る道の風景の一つだった。その町名も知らなければ、そこで生きる人たちの日常に触れることなんてなく、ただただその風景を風景として楽しみ風景の一部に自分がなるのが嬉しかったのだった。

六甲で感じた違和感と街の波長の合わなさが日々強くなっていった。その理由の大部分を占めるのが学生という存在と山手の家々の存在だった。学生が多い街は定期的に入れ替わる故に街の影が嘘くさく青臭い。山の手の人たちはその影を踏もうともせず貪るだけ貪るのに表面上だけは整頓してるバランスの悪さに反吐が出たのだ。それでもただ年期を重ねりゃいいというもんでもない。発酵してなきゃ意味がないのだ。

そして天昇堂で定期的にライブするようになり、その打ち上げにのぞみ青果に立ち寄ることも増え、そこで関わる人々の人間性と影を影としてちゃんと尊ぶ姿勢に強く惹かれ、引っ越しの際に様々な条件や立地に熟慮した結果、今の部屋に落ち着いたというわけである。だいたい引っ越す目途がたった頃にのぞみマスターからイベントの話をもらい、前のめりに快諾し、共演者を探し、イベント当日まで何回も店に足を運び、自分が最も嫌う「呼ばれて出るだけ」というスタンスではなく、イベント主催者側の気持ちに立った働きが出来たと思っている。それは出演者プロフィールにも「プロ」という単語を使ってくれた制作者とそれを盛り立てる方々に対する誠意と矜持のみで、不思議とそういう気持ちで演奏するとお客さんは自ずと付いてくるとなぜか自信がありました。

当日、のぞみのスタートは他の店舗よりも早く、商店街にはフリーマーケットの屋台を横目に歩く人が大半で、特にイベント真っ最中という熱気と盛り上がりは一切感じないままに楽器を載せた台車を押して店まで歩いていた。僕の演奏を生で観たことがないのに、紹介してくれた天昇堂主人とネット上の動画情報のみでブッキング(しかも二回分(30分×2+休憩15分)ぶっ続けで演奏させてくれるという心意気!)してくれたマスターの反応に不安と興奮との間の微妙な心持ちで楽器を組み立てていた。のぞみ店内では前枠のモトマチポリスが出力過剰のハウリングとミニスカポリスのコスプレとに眩暈を覚えつつも、ラストに歌った唯一のオリジナル曲でふと我に返り、「エロいなぁ。踏んでほしい」と心以上に盛り上がる股間に「真っ昼間だよ!」とツッコミつつセッティングをして、何となくの感じで酒バラから始めたのだった。

セットリストに関してはメモリーのスタンダードでってだけを決めてあとはリクエストでやるとだけ伝えた。最後の曲だけはサニーサイドをすると一週間前から決めていたが、マスターの飛び入りの成功やお客さんが店一杯に入ってくれて、しかもほとんどの人が最後まで出ていかなかったりと、「盛り上がっている」という表現以外ない温まった空気感のまま、MCでこの曲をやる旨を伝え、スキャットで浅井とバース交換するとか反則技もしつつではあるが大盛況で終了したのだった。

あのイベントのテーマ曲にすればいいのにと勝手に思っている。日曜の商店街。阪急から阪神まで真っ直ぐ歩く間に何軒もの普段ライブのラの字もないような中華料理屋やうどん屋でも生の音楽で空気が振動しているアーケード商店街をサニーサイドに見えないとしたならばその眼はトコブシだ。いや、シレトコだ。もとい、フシアナだ。だから1月25日の第二回の時も僕はこの曲で締めます。マスターが日本語で歌ってる人が居るよと調べてくれたので、その詩をコピーしたものを配ってみんなで歌いたいと思います。楽器が出来る人は楽器で、手拍子でも踊りでも何でもいいから耳と心だけじゃなく体を使って一緒に音楽をしてほしいと思う。そういう時にかなりのオリジナリティが爆発するのが春日野道という影も血も肉も滓も呑み込んで人々を受け止める町に住む人、その町を愛する人々だと僕は思う。

昼間っから酒飲んで歌って踊れば良いじゃない。

あと最近の僕はのぞみマスターの音楽に対する姿勢や考え方に影響を受けていると気づいたのだ。あの店は色んな音楽を色んな愛し方をする人々が集う。もちろん音楽を愛してない人も集う。でもどんな人でもテレビや街中を歩けば音楽に触れないわけにはいかないわけで、「あ、聴いたことある」「これ懐かしい」「へぇそんなんあるんや」とかとか、百人いれば百人の音楽があり、百人の愛し方があるのだと無意識的に自分に沁み込んでいったのだった。普段ライブしている時の周囲にいる人はミュージシャンやライブハウス関係者や足繁くライブに通うお客さんだけなので、のぞみの中のテンションよりは偏狭で偏執な狭義の音楽に対する欲望と興味だと思ったのだった。

例えば「ジャズ」という言葉を出した時点で、常々ジャズに触れている人々にとってはかなり具体的なイメージと定義があるだろう。それは曲でも良いし、アドリブのフレーズだったり、イントロエンディングのパターンだったり、自分の好みや知識との遠近感で安易に評価する節があるということは誰もが否定できないだろうが、のぞみで呑む時の僕はそんなこと全くほんとにどーでもよくて、聴いたことない音楽も聴きすぎている音楽も、以前聴いていた音楽も、全部さらっと聴けて、リズムがハーモニーがとか小うるさいことは全く言わないし思わない。もちろん聞かれれば答えるだろうけど、マスターもそんな野暮はしない。あくまでも人間の話、人間と人間が触れ合うが故に分かり合えないことや繋がることを、音楽を生贄に方々に散らかしながら話したり思ったりするばかりである。

音楽を難しくするのはいつだって音楽を知り過ぎて愛しすぎて勉強し過ぎている奴だ。そいつは人間に対して盲目なことが多い。音楽は人間がやることだから、音楽を勉強するのではなく人間を勉強すれば自ずと音楽は花開くものであるというのが今の僕の支えであり、矜持となっている。そう強く思えるまでの大半の時間と推敲をのぞみ青果でしてきたと思うのである。

今年もあと少し、あと一回はのぞみに行けるだろうと思う。そしてまたマスターとイベントのことや何でもないことをいいちこの水割りを飲みながら話したりするんだろう。1月25日(日)、春日野道商店街で待ってる。
posted by さだおか at 11:33| 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月13日

20140912 I'm so tired

今週火曜起きた時点で喉に違和感。もしや風邪!?オレ、病気!?と体調をズドンと崩し、それでもベイズンセッションを終盤ほぼ聴覚がウンコになりながらもホストを務め上げ、その後何某の「今日はビールや!」の一言でフラフラになりながら500ミリ缶二本を呑む(最後は残して若者にパス)。それは北野坂の交差点の花壇で呑む。楽しく呑む。というシンプル且つ野性味のある男の楽園的発想の呑み体であった。
で、翌日の水曜の朝起きて案の定の案の定で朝一で病院に死に体で向かい、「扁桃腺の炎症」をお墨付きを貰い、喉の為のクスリを山ほど処方され購入。その後スーパーにて意識と無意識の間で食料と水分を買い込み、一昨日昨日と寝込んで過ごした。もう寝すぎて仰向きでは腰が折れるんではないかと不安を抱くくらい寝た。

二日間、もう寝るのに飽きるほど寝たが、その間ずっとBGMは桂枝雀を流していたが、体調が回復するにつれ笑えるようになってきていた。今朝なんかは「饅頭怖い」で爆笑していた。
先週、わりに忙しく、演奏後のテンションを無理やり鎮めようと酒を流し込んで過ごしたのが悪かったのだろう。食事もまともに作れずにインスタントや惣菜等色味も味付けもビジネスライクであり、流し込む以外に感情の向け方が一切ないようなものばっかりだったので、それもあるんだろう。それでも呑みすぎた一週間だった。

実家で病気になった時は家の人が食事やその他看病諸々をやってくれるので、病人本人としては寝て起きて寝ようとしてテレビ見てまた寝てを永遠と繰り返すだけで数日後にはシャキンとしていたものだが、一人暮らしの現在、食事はもちろん、冷ピタを用意するのも、一晩貼ってカピカピになって枕の裏とかに落ちた冷えピタを拾い捨てるのも全部自分。バナナを剥くのも、机の上で一夜明け黒ずんだ皮を摘み捨てるのも全部自分。全部自分である。二日間部屋が部屋として僕を受け入れた結果、何故かコバエが増えた。窓も開けてないのに・・・。

まだまだ全快ではないが、このくたびれた感じを持ちつつ日常に身を埋めつけるように戻るこの感じが、前向きでもなく後ろ向きでもなく「死ぬまで生きる」という自分の根本的な思想そのもののような気がして少し嬉しく、少し気怠く、今日はもう眠る。

改めて自戒。そう、健康第一。太字でも一回。

健康第一。

季節と季節の間の落とし穴。えくぼは恋の落とし穴。何とも病気からは立ち直りにくい年齢になりつつあるのだと、数日の泥のように過ごしたあの記憶を愛でたいと思います。

追記
後日改めて告知しますが、月末の萬屋でのライブはメンツが変わりました。
諸事情により、ベースが畠山令氏から石川翔太氏に代わりました。
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posted by さだおか at 00:34| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする