2020年05月13日

読書記06

図書館が6月まで休館なので買わないと読む本もないが、なければ以前読んだのを再読すればいいやと軽く考えていたが、本棚にある漫画以外の文字の本は漱石か宮沢章夫さんか勝新関係のものしかないので、そう容易に読もうという気分にならないのである。語尾に音符なんて絶対出ない。本棚を前にした時にそんな気持ち絶対ならない。慎重にならざるを得ないラインナップである。



ということでかれこれ二ヶ月近く我が家にある神戸市民の財産が八冊。一冊だけ、丸谷才一さん翻訳の「ポー名作集」だけが読みさしである。冒頭の「モルグ街の殺人」で慣れない文体に四苦八苦しながら読むも、次の話を読もうという気が失せて以来開いていない。奇しくも6月までは図書館も閉館ということでそれまでに読めばいいやと考えてそのままなのである。



写真はその前にポーの前に読んだもの。叙述トリックというわけでもないが、誰のセリフかを巧みに隠し、一人のセリフのように読者には思い込ませて実は二人のセリフだったみたいなトリックで、緻密な文章構成力が必要やなぁという感想くらいである。ミステリーは好みで色々と分断する。そう思うと、ホームズなんてものはミステリーとはいえどこまでもエンターテイメントなので古典的名作として未来永劫の作品だろう。この場合のエンターテイメントというのは普遍性と言い換えてもいい。ビートルズとかも時代時代を切って見ると随分と前衛的だが、あくまでも音楽の為なので普遍性というエンターテイメントを獲得しているのに近いか。

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先日「火の鳥」を読んでいるということを書いたが、あれは書いて失敗だった。書いたことで読んだ気になってしまい、あれ以来読んでいない。読みたいという欲はあるが、感動を含めたダメージを考えるとなかなか気が重い。何か活劇が読みたいなと久しぶりに手に取ったのが諸星大二郎著「西遊妖猿伝」だ。


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ちょっと調べたら最新刊の西域変の6巻が出たのが2015年4月でそれ以来・・・。そもそもの連載開始が1983年からで未だに未完で、それもずっと連載してるわけでない。様々な出版社と雑誌を経て、途中で11年も中断の時期があったりしているので、単行本も大きく分けて三種類ある。詳細はwiki先生の方で見て欲しいが、「特に」な点を以下抜粋。
単行本
「西遊妖猿伝」 全9巻 双葉社 アクションコミックス
大唐篇前半(狭義の大唐篇)のみの収録。

「西遊妖猿伝」 全16巻 潮出版社 希望コミックス
広義の大唐篇を収録。双葉社版において無残な最期を遂げたキャラクターに対する救済措置等の大幅な加筆修正が施されている。

「西遊妖猿伝 大唐篇」 全10巻 講談社 KCDX
広義の大唐篇を収録。

「西遊妖猿伝 西域篇」 1〜6巻(2015年4月時点)講談社 モーニングKC




wikiはこちら→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E9%81%8A%E5%A6%96%E7%8C%BF%E4%BC%9D


「狭義の大唐編」と「広義の大唐編」という表現にしびれる。



僕は最初に双葉社版のから買ったから大変だった。その続きを買おうにも単行本化が潮出版社版に切り替わっていて、もう一度潮出版社版を1巻から買い直すのかという諸星マニアの収集欲を刺激されつつも踏みとどまって、潮出版社版の10巻から買った。その中で狭義の大唐編から河西回廊編になるのでその単行本の四分の一は被っているという切なさがある。が、当然それだけでは終わらずに、その11年後に講談社で西域編を始めると、講談社版の大唐編が出てくるが、もう考えることを辞めれば楽なだけである。だから本棚には双葉社版全巻と中途半端な潮出版社版と講談社版の西域編があるので、こんなもの売ろうとしても売れるわけないなと見るたびに思うのである。


そんなことは置いといても十分面白いのでお釣りが来るので仕方がないのだ。諸星の単行本だと上に書いたように出版社が途中で変わったり、未完のまましばらくしてからまた完全本として一から収録されていたりするので、まさに惚れたが負けな状態なのである。


次巻から西域編だが、これがまた読みにくいったらありゃしない。ソグド人だゾロアスター教だといちいち人から場所から名称が耳馴染みのないものばっかりなので一つも頭に入ってこないのであるが、それも楽しみである。




posted by さだおか at 18:22| 兵庫 ☁| Comment(0) | 読書記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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